橘暮四

24歳 1

 駅の東口を抜けると、歓楽街のネオンが目に痛かった。そこには、僕と同じようにスーツを着込んだ社会人や、綺麗に着込んだ若い女性や、集まって何か言い合っている外国人達などが、様々の雑音を背景にして雑多に詰め込まれている。僕はこの街の夜を知らなかった。そもそも、この駅に下りることすらずいぶんと久しぶりだった。僕は頭の中で年数を数えてみる。もう、七年前か。この駅の、ちょうどこの東口の広場で、あの子の隣で、ギターを弾いていたあの日々は。

 ふと広場の方へと目を向けてみる。そこにはタクシー乗り場に囲まれるようにして、モチーフの分からない奇妙なモニュメントが今も変わらず鎮座している。しかし、その手前には酒の缶を持った大学生たちがたむろしていて、とても近づけそうではない。こんなんじゃ感傷のひとつも抱けやしないな。


とんとん。


その時、肩を叩かれた。優しく袖を引っ張るような、ささやかで、しかし確かな主張だった。僕は振り返る。ふわりと、香水が香った。甘い柑橘の香りの先に、一人の女性が立っていた。ベージュのカジュアルな仕事服に身を包んで、コンパクトな鞄を肩に提げている。黒檀のような黒い髪は後ろでしっかりとまとめられていて、きりりとした目元が、その分強調して見えた。

「優くん、だよね。私のこと、覚えてる?」

彼女は僕の反応がないのを見ると、少し困ったように眉を下げて笑いながら言った。

「ちょうど、君のことを考えていたところだよ」

彼女の言葉にすかさず返す。僕は内心動揺していた。彼女との、ひなたとのあまりに平凡な再会に、僕はあの夕暮れの教室を思い出していた。

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