第5話『呪いの勇者、イフリートを撃破せよ』
マリエルが不自然な顔をして俺の持っている瓶を凝視していた。そんなにコイツが気になるのだろうか。そんなことを思っているとマリエルは、固く閉ざしていた口を開き俺に疑問をぶつけて来た。
「カケルさん、それ何ですか?」
「ーーそれ、私の唾……」
「ポーションです」
「ーーそれ、私の……」
「ポーションです!」
「カケルさん変態だったんですね。唾液を飲むなんて」
「変態じゃねぇ! 事情があるんだよ!」
少々面倒くさいけどマリエルに俺の、呪いの勇者である体質について説明するしかなかった。恥ずかしいからあまり話したくないのだけど、かえって興味を持たれてしまった。
大体の話しも終わり準備支度も完了した頃、マリエルは意気込み充分だった。まるで遠足前の子供みたいにはしゃいでいたんだけど、エリクシアもマリエルにそそのかされて、一緒にはしゃぎ倒していた。
なんて微笑ましい光景なんでしょう。エリクシアが仲良くやれてる様で本当によかった。
「もう準備は済ませたんだ。早くダンジョンに向かうぞ!」
「ひぇ〜、カケルさん置いて行かないで下さいよー!」
♦︎♦︎♦︎♦︎
ダンジョン『荒れた洞窟』
初心者冒険家に向けて解放されているダンジョンなんだけど、今回はマリエルの実力を測る為の試験みたいなものなので、このダンジョンを選ばせて貰った。
ほとんどスライムしか出てこないし、このダンジョンの強敵は、ゴブリンくらいなもので存分にマリエルも戦えるだろう。
と、思ってたんですけどね。どうやらダメっぽいです。
「カケルさ〜ん! 暗くて怖いですー!」
「グズグズしてると置いてくぞー」
「待ってくださいー!」
泣き出してしまった。
冒険者に絶対向いてないだろ?
どうしてマリエルが、冒険者に憧れ、パーティを組みたいと言い出すのか俺には理解出来ないでいた。何ならエリクシアの方が、まだ冒険者に向いていそうだけどな。
エリクシアは、物怖じせずに悠々とダンジョン内を進み続けていた。
「カケル、あったよ。これボスゴブリンの紋章だよね?」
「もう見つけたのか! その紋章を踏めばボス部屋に行けるな。全く誰かさんとは違う」
「な、何ですか! 私だってやれるんですよ。絶対にボスを討伐してみせます!」
臨戦態勢を整えて俺ら三人は、紋章のワープポイントに足を乗せてボス部屋まで転送された。不安はあるけれど、俺らならどうにかなるだろう。そんな、浅はかな考えをしたことを俺はこれから後悔することになる。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「熱い! なんだここ、マグマ!?」
「カケル、熱くて……。死にそう」
「エリィ死ぬなぁー!」
「冗談言ってる場合ですか! ここは恐らく、煉獄塔です」
明らかに違う場所にワープしてしまったらしい。『煉獄塔』とやらを知らない俺達に、マリエルが簡単な補足をしてくれた。
『煉獄塔』とは、魔王城付近にある魔人イフリートが棲家にしている場所らしい。魔王城付近の魔物である為、元々強い魔物だけど更にパワーアップしてるんだとか。
魔王幹部クラスの強さであるらしい。勿論、俺達が敵う相手ではないのでマリエルに補足を貰った後、退路を探すことにした。
「カケルさん急いで退路を探して下さい。イフリートが目覚めたら私達殺されますよ!」
「分かってる! でもエリィが苦しそうなんだ。動けそうにない!」
逃げられない。
絶望的な状況になってしまった。イフリートが目を覚ますのも時間の問題だろう。
だが、時は既に遅かった。
「グォォォォ!」
炎の魔人イフリートが完全に覚醒を果たしていた。
マグマで造られた肉体に、赤鬼の様な勇猛さ。人が戦うことすらおがましい程の威圧に、俺達は怯み動けなくなる。
覚醒したイフリートは俺達を見るなり、黒炎弾を放ち攻撃を始めた。避けるので精一杯、諸刃の剣なら恐らく倒せるんだろうけど、遠すぎて俺の剣は届かない。
「マリエル! 前を見ろ!」
「ーーえ!?」
「グォォォォ!!」
黒炎弾に気を取られていて気づかなかった。イフリートの拳は、マリエルの正面に向いており規格外のパワーで殴りつけようとしていた。
間に合え! 間に合え! 絶対に死なせない!!
俊敏さゼロの俺が、出来る最大の速さでマリエルの元へ駆けつける。
「間に合った!」
マリエルを抱きしめて、最大限衝撃を和らげる様に盾になる。だが、全身に激痛を伴う衝撃に耐えることなど出来ずに、マリエル共々吹き飛ばられてしまった。
「カケルさん、しっかりして下さい!」
良かった。マリエルとエリィの無事が確認出来ただけでも御の字だ。立ち上がる力もなく、ただ俺の意識だけが遠のいていく。
「ーーぐすん……。私は大切な仲間を護るんです。絶対に見捨てたりなんか、しません!」
|(嘘だろ!? 立ち向かうのか!?)
怖いのを、泣くのを我慢して俺とエリィを護ろうとする姿に心を打たれてしまった。
護りたい。それは俺も同じだろ? だったら分かるだろ俺。
今、立ち向かわなくて何が勇者だよチクショー。
「うぉぉぉぉ!」
「ーーえ!?」
俺の剣は届くか分からない。常備していたポーションを飲み干して、無理矢理立ち上がり、奮い立たせてイフリートに突進する。
「カケルさん、イフリートにデバフをかけて行動を遅くします!」
「よろしく頼む!」
「スロー・ギアクル!」
行動遅延魔法をイフリートに唱えるが、マイティガードが貼られていて失敗に終わった。俺の剣はイフリートにもう届くことは無い。
死を覚悟したんだけど、俺の体が急に軽くなったのを感じていた。まるで光のようだった。神速の域を超えている。行動遅延魔法は、マイティガードに弾かれて俺に被弾していたのだ。
本来なら俺の方が遅くなるはずなのに、ステータスの俊敏さがカンストしている。
|(これは一体!?)
脳で考える時間すらなく、気がつけばイフリートの背後に瞬間移動を果たす。こうなってはヤケクソだ。力の限りの一撃をイフリートに与える。
「こんのやろぉぉぉぉ!!」
「グォォ……」
一閃の刹那、イフリートは諸刃の剣の一太刀により綺麗サッパリ消滅した。その後、諸刃の剣の代償により、俺はその場で力尽きてしまった。
後日談ではあるが、動けるマリエルが脱出転送の紋章を見つけたことにより、エリクシアと共に転送し始まりの村エルムーアに無事に帰還することが出来たと、後にエリクシアから聞かされた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
口にねっとりと絡む熱い何かの違和感に、俺の意識は覚醒する。顔を赤くして恥ずかしいのか、顔を隠しながら透かし指で俺を見つめるマリエルと、熱いディープキスをするエリクシアがそこには居た。
「今はやめてくれエリクシア!」
「何で? もっとしよ?」
「やっぱりカケルさんは変態ですね」
「回復手段なんだから仕方ないだろ!」
俺達は魔人イフリートの討伐に成功したようで、戦利品のイフリートのツノをマリエルが持ち帰ってくれていた。あの神速をも超える俊敏さは恐らく、マリエルのデバフのせいなんだろう。
マリエルがいなければ今頃、俺たちは死んでいたんだ。後でお礼でも言っておこう。
メンバー全員の体調も徐々に復帰した頃に、イフリートのツノを持ってギルド酒場に行き、受付嬢に提出しに行った。
「イフリートのツノです」
「はい? いま何と?」
「だからイフリートのツノですって」
「はぁぁぁぁ!? あなた達がイフリートを討伐したんですか?」
「してきましたよ。死にかけたんですから。転送装置の設備は一体どうなってるんですか?」
ギルド中がパニックになっていた。魔人イフリートは割と有名な魔物で、勇者クラスの実力じゃないと討伐出来ないと言われている程だ。
それを無名の新人冒険者パーティが討伐したとなれば、一同混乱するだろう。やっちゃった感ハンパない。
一躍、俺らは時の人になった。
それからは、街でお祭り騒ぎになりエルムーア初の魔人討伐者として夜に宴が始まるらしい。
功労者のマリエルとエリクシアを連れて授与式に参加した。
ギルドの受付嬢、アクア・レーバスが声量高く言葉を放つ。
「えー、カケル殿。お疲れ様でした。エルムーア初の魔人イフリートの討伐は我々も多大な感謝を致します。それでなんですが、国王から報奨金を頂いております」
「報奨金? いくらなんだ?」
「二億バイスです」
「ーー冗談だろ!? 一生遊んで暮らせるじゃないか!」
大金を手渡され、俺らパーティは億り人になってしまった。
今回の功労者のマリエルに一億バイス、俺とエリクシアで一億バイス、つまりは折半する形で報酬を渡して上げた。だけど、なぜかマリエルは浮かない顔をしている。
「いいんですか。貰ってしまっても」
「不満か?」
「不満です。だって私は何もしていませんから」
「ーーいや、そんなことは……」
「二人で話しませんか? 酒場の屋上で待ってます」
辛そうな顔をしたマリエルは、逃げるように姿を消した。伝えたいことが、彼女にも、俺にもある。俺は急いでマリエルを追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます