第28話

エルンハルト陛下がわたくしの目の前に来てピタリと止まりました。


ああ、止まってしまった・・・。


とは思いつつもにこやかさは保つようにしている。






「姫、私と踊ってくれないか?」


「はい。わたくしで良ければ喜んで。」






わたくしの手を取りフロアの中ほどまで進んでいくなか、後ろからきゃあきゃあという声やヒソヒソとした話し声やあからさまな視線も受けているのを感じました。


違いますー・・・わたくしはあなたたちの国の陛下を取りに来たのではありません!わたくしは治しに来たのですからね!!


だらだらと冷や汗をかきそうな私の手を取りながらすました顔で隣を歩く陛下の顔を見ようか・・・と思いやめたのはわたくしの危機管理能力の賜物かと思われますわ!


あの辺りのご令嬢方からの視線が痛いですー。ああ、絶対絶対わたくしを邪魔者だと思ってらっしゃるわ・・・違うのにー。






「姫?」


「・・・は、はい?」


「どうされたのだ?体調でも悪くしたのか?それならば・・・」


優しい声だと思う。低くて心地よい声・・・いけないいけない!うっかりと聞き惚れておりました。


「いえ、緊張しているだけです。私はあまり人前に出ることがありませんから。」


「なぜだ?」


ふと、ヒタリと視線を合わされた。まだホールまで歩ききっていないのにその中でわたくしに視線を合わせるなんて?と少し不思議に思いながらも穏やかに進む。






少し迷ったが話すことにしようと思ったのはなぜなのかはわからないけれど隠すこともないしと思い声を少し落としたところエルンハルト陛下も少しだけ耳を寄せてくださいました。


「内緒にしてくださいませね。私は小さい時は身体が弱かったのです。人前に出ると咳が止まらなくて緊張して具合が悪くなることも多かったのでございますわ。」


「ほう。」


小さな声でささやくように会話しながらゆったりと歩いている二人は、とても体調のことを話しているとも思えないほど穏やかな二人に見えたため、ドゥーゼットの貴族はびっくりしている。


エルンハルトは成人した女性に自ら近づくことも近づかせることもないのが当たり前だったからだ。






それがどうだ。


エルロッドウェイからやってきたこの美少女とも言える淑女になりたてなほどのうら若き女性が話す時に自国の陛下が顔を寄せられたと。


長らく国王陛下のお妃候補は素気無くすべて目もむけてもらえず国の重鎮たちが憂えていたところにこの皇女がやってきたのである。


自国での令嬢ではないものの、この逸材を逃すべきではないと考えるもの。


排除しようかと考えるもの。


たくさんの思惑が交錯しようとしていることをまだ二人は知らなかった。






そしてそれは。




エルンハルトに恋い焦がれている令嬢たちも心穏やかではいられない状態でもある。










フロアの真ん中までやってきた二人は穏やかなワルツをスタートさせる。






ナディアレーヌは滑るように動き出した陛下の動きに合わせているだけで、完璧なこのリードをこの人がどうやって身につけたのかをしりたいとさえおもってしまっていた。


なんてお上手なのでしょうかねぇ・・・。






「陛下は、大変踊るのがお上手なのですね。私こんなに踊りやすいのは初めてです。」


「ほう、それは嬉しいな。」


そういってくくっと低く笑う。


その声が響くほどに身体を半身つけているのだから響いてきて思わず背中に汗が伝う。


ああ・・・このドレス汗で背中がしみになっていませんように。後でサラに謝らなければなりません・・・。


「姫は・・・」


「はい?」


声につられて見上げると思ったよりも近くに顔があっておののきそうになる。慄かないけれども。




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