第26話

そういって歩いていくと後ろにはあの黒髪の騎士が。そしてその横にはもうひとりクスクスと楽しそうに笑っている男性が。どういったことでしょう?


黒髪の騎士はわたくしと目が合うと黙礼をしてくださいましたので、自然と礼をとります。


もうひとりの男性はにこやかに微笑んでわたくしを見ているので同じく礼を取りました。


誰かはわかりませんが、あの黒髪の騎士様と一緒にいらっしゃるということは陛下のお蕎麦近くにいらっしゃる方ということで間違いないはずです。






頭の上から細く長い息を吐く音が聞こえ、思わず見上げるとカインお兄様と目が会いました。


「レーヌ、あちらは見てはいけないよ。ちょっとわたしが黙らせてくるからね。だからちょっとだけアンヌとフレディお兄様と一緒にいてくれるかい?」


「ええ、もちろんですわ。」


「いい子だ。ああ、よかったらまたエルローズ嬢たちとお話していればいいよ。じゃあ、何があっても振り返ってはいけないよ?」


「・・・・わかりました・・・わ。」






こうやって念を押されるときは一瞬でも振り返ってはいけないと我が身に染みて解っております。


フレディお兄様がカテリーナ様たちとわたくしをお話しやすいように近くまで連れて行ってくださいました。もちろんかの方向は一切見せていただけません。


見てはいけないということですね。


アンヌがクスクスと笑いながらわたくしの前でお手本のような淑女の礼をとってくれました。


ああ、わたくしまだまだですわね。ちょっときちんとカーテシーの練習をしなければなりません。


「ナディアレーヌ様、あの黒髪の騎士はわたくしの夫でございます。」


「え?」


本当にびっくりしました。あんな美しい人はやっぱり美しい人の旦那様なのだなぁ・・・とか馬鹿なことを思ってしまいましたわ。


「隣にいた金髪の男性はエドガルド・フォル・アズムデルともうします。この国の宰相補佐で陛下の親友でございます。」


「はあ・・・。」


「きっと今後たくさんお会いすることが多いと思いますわ。・・・・フレディ皇太子様・・・エドは既婚者で美しい妻と二人の子供がいますのでそのようなお怖い顔をなさらないでくださいませ。」


「いや、そのようなつもりではないんだよ?」


「さようでございますか。出過ぎた真似を申しました。お許しくださいませ。」




・・・これはきっとフレディお兄様もアンヌには勝てませんね。


きっとお兄様はアズムデル様がお美しい方だったのでちょっと嫉妬されたのでしょう。






というか。


この国こそ美男美女の塊なのではありませんの?怖い国ですわ・・・。








カテリーナ様やユーリス様、エルローズ様たちと合流して和やかに談笑しているとカインお兄様がやってまいりました。


とても良いお顔をされています。


フレディお兄様が軽いため息をついているということは・・・いつものアレをやらかしたのではないかとヒヤヒヤします。


カインお兄様は独身というカードを根限り有効かつ最強のカードとして扱います。


そりゃ、自国のエルンハルト陛下ほどではないですが、それでもどの国からも引きがあるエルロッドウェイの我が国の第二王子、そして宰相補佐。


このカードで女性をふわふわと良い気分にさせた後気に食わない場合は素晴らしい勢いで心を叩き折りますものね。まさか自国ではあるまいしそんな事は・・・。


「カインお兄様?あの・・・。」


「ああ、レーヌ。思っているようなことはしていないよ。ただ、餌をまいてきただけさ。まあ、餌としては食い尽くされようとその後に身になるか毒になるかはねぇ・・・。」






ああ・・これは毒にする体のやつですわね。お気の毒ですわあの方々。


振り返ることは出来ませんが、華やかにきゃあきゃあ騒いでらっしゃる皆さまの声は大分私に対しても和やかになってらっしゃいます。


助かりました・・・ん?でも全員が懐柔されたわけじゃありませんわよね。


それでも刺さる視線は感じます。






エルローズ様がくすっとわらってカインお兄様におっしゃいます。


「とても素晴らしいお手並みでしたわ。みるみる間に皆さまの顔が変わっていきましたもの!私、かの方々が・・・その・・・。」


「あまり得意ではない?」


カインお兄様は蕩けるような笑顔でエルローズ様の顔を覗き込みます。


「は、はい・・・いつも陛下に対して近づこうとする気概があまりにも強すぎて私とは相容れないと・・・。それに私は生まれが侯爵家につき陛下にお会いする事も多いのですがいつもその・・・」


「何か言われてしまうと?」


「はい・・・わたくしは陛下を目の前にするだけでも緊張しますしあのようにお美しい方は遠くから見ているくらいがちょうどよろしいのですわ。それに私はお嫁に行くわけには・・・」


ふむ。と少しだけ真面目な顔をしたお兄様がエルローズ様の指先をそっと握りました。


え?お、お兄様?は?


「ではわたしは?私はどうですか?近づきがたい?眺めたい?おそばにいてはいけない?」


「え?は?え?」


そう言うとエルローズ様は真っ赤になってしまわれました。






周りのカテリーナ様とユーリス様が手を取り合ってきゃあと賑わい始めました。




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