第11話 買い物デート -1

それにしても、お呼び出しにこれほど安堵するようになるとは。


逸る気持ちが抑えられず、またフレードの話があるので、怒っているわけではないがなんとなくエセルにも告げられず、一人で散々クローゼットをひっくり返したリアは、一時間半経ったところで観念して、村の服屋でそれなりに地味な紺地のロングスカートを買った。マリンのようなモチーフがあるが落ち着いている。これと、前回と同じシャツで行くしかない。喪服は脱したが、毎回こうしていては破産する、と、職人の中々厳しい給料袋を覗き込んでため息をついた。











レオからの呼び出しよりも早い寄り合い馬車に乗って、首都へついた瞬間飛び出すように広場へ駆け出したが、件の露店には、ミネットはおろか誰もいなかった。物は置いてあるがだいぶ減ったように見える。流石に積み荷を覗き込むわけにもいかず、不安と落胆を両肩にぶら下げたまま、リアはいつもの屋敷へ踵を返した。






先日公演の楽日を迎えたレオは、先日よりももっとリラックスしているように見えた。呼び出された内容は決して明るいものではないくせに、この語り部様はどこまでも明るい態度でこちらに微笑みかけてくる。




「次期王様に相談してみたんだが、やっぱり中々難しそうだ。適するものがないんだね。だから、デザイン案の方も並行して進めてもらえるかな。おもねる方法は考えるしかないが」




やはりそう簡単にはいかないか、とリアは眉を下げたが頷いた。




「そうなると、それなりに実績のある美術家に後ろについてもらわないと現実的ではないですね。私にデザインの腕もないですし。授与式は半年後ですから、ここあたりが期限です」


「ただなぁ。限りなく根拠のない話に近いから、付き合いのある職人に話を振ってもどこまで乗ってもらえるか」




その発言は、相談している目の前の自分に失礼ではないか、と思ったが、開いた口を閉じる。今日から部屋に居ることになった側近の手前、あまり軽口も叩けなかったからだ。




舞台のときからずっといる青年で、背すじを伸ばした立ち姿からほとんど表情は変えない。ただし、どことなく顔立ちが異国風にも見えた。ビラシュの周りの国とはルーツが近いため、近隣諸国の人たちもそれほど見た目は変わらないので、ほんの感覚程度だった。その視線に気づいたレオが「ケンセイだ」と紹介してくれたので頭を下げる。あちらも品の好い礼を返した。名前の響きで、やはり北勢の隣国の出身なのだろうと推察する。




レオとテーブルにデザイン図を広げ(嫌がるので縞模様の部分は格子で表現している)、綬について話をしながら、リアはどこか諦めの気持ちも持ちつつあった。忙しいだろうこの男がここまで自分を呼び出すことから本気が伺えるが、正直政治的な側面はレオにゆだねるしかない。


できなければそのままのデザインを仕上げればいいだけなのだから、リアにそこまでの危機感はなかった。それでもできる限りこの男の戯れを叶えてやりたいと思うのは、自分の仕事を成功させる意図もあるが、やはり話をするににじみ出てくるレオの本気の姿勢からだ。元々が無茶な誘い、少しでもレオにふざけた様子があれば、大人として、職人としてリアも手を引いたろうが、いつだってそんな素振りはなかった。




そうして、ここまでリアが真面目に仕事をしてきて、依頼者の立場の人間と相対するのは初めてだった。身分の差は広く、不遜な態度をとられても仕方がない中で、初めての依頼人の態度は正直にいえば胸に響く。だからこそ、この依頼者の願いに可能な範囲であれば応えたいと思ってしまうのは、職人としてのリアの想いでもあった。




だいたいのデザインとスケジュールの話をして、今日はとりあえずこれ以上詰められる話もない。二人はひとまず息をつき、ケンセイに出された茶を口にした。




それにしても、仕事中ならまだしも、リアはまだ自分がこの美丈夫とお茶を飲んでいるという現実が信じられない思いもあった。そんなリアの気持ちをわかっているだろうに、この男はこちらの壁をまったく気にしないような素振りができるのだからたちが悪い。これは確かに数々の女を悲しませてきたろうと、リアは薄目で見たが、レオは愛想よくこちらに話を向けた。




「君は村から一人で来ているんだよな。最近恥ずかしいことに首都の治安が悪いから、状況によっては念のため、こちらから馬車を用意しよう」




さらりと言っているが、個人用手配の馬車は本来馬鹿みたいに値段がかさむ。語り部様の身辺を考えれば日常なのかもしれないが、庶民としては身が縮む思いだ。工場の前に馬車が止まるところを想像して、リアは慌てて体の前で手を振った。




「いえ、では早めに言っていただければ、しばらくは幼馴染の男の人についてきてもらえるかもしれません」




リアとしては、だから気遣いはいらない、という意味だったのだが、目の前の美男がふざけたように目を輝かせ、片眉をあげたのだから閉口してしまう。




「ほお、恋人?」


「違います。親友の兄なので」




ばっさりと返したリアに、なんだ、隠し立てしなくてもいいんだよ、と笑う。なんだこいつ、という気持ちで横目をケンセイに向けるが、あちらも行儀のよい無関心を貫いていた。




そうして治安の悪さという話題で、やはりリアの頭には、あの怪しい露店がよぎった。泥棒なのではないかという邪推は、ミネットのこともあって頭から追い出そうとしていたが、あの商売をする気のなさで諸馬代を払っていることを思うと、疑念がどうもぬぐいきれない。


それにしたってこの美丈夫に、直接相談できるようなことでもない。リアは下手くそなかまをかけるような気持ちで、少し聞いてみることにした。




「治安が悪いって言いますけど、劇場の衣装なんか宝石まみれですよね。泥棒とか大丈夫なんですか」


「見たのか?」




柔らかな言い方ながら、返答のタイミングが一拍早く、リアは言葉に詰まる。


素人が垂らした竿に大物がかかったような気持ちだ。それにしてもこの瞬発的な返しは、むしろレオに対する不信すら抱くものだった。




何か悪いことをしているのか? 決して腹の底を見せないこの男に、疑念がないと言うのも嘘だった。縞々が嫌いなんて全部嘘で、もし自分が想像もつかないような何かの陰謀に巻き込まれているとしたら?


そんな気持ちを出さないように努め、リアはただ静かに、戸惑ったように返した。




「いえ……。庶民ならみんな思いますよ」




怯えたような演技は上手くできていただろうか。真っすぐな綺麗な瞳に見られて怖いが、レオはすぐに気さくな態度に戻してリアに「そうか」と言った。そうしてその朗らかな態度のまま、さらりと言う。




「来てもらっていてこんな話をするのも申し訳ないんだけど、隠し立てをするのもな。実は最近脅迫文のようなものが届くから」


「えっ」




「だから一応聞いたんだよ」と続けられるが、リアはそんな言葉で流されるような話でもない。生活には関係のない、脅迫文という言葉に焦る。そんなリアの姿を落ち着けるように、レオは目元を緩めた。




「心配しなくても君が来るような昼日中に何かある可能性は少ないよ。安心して」


「いや、別に自分の心配ではないです。ヴィラージオ様、大丈夫なんですか」


「レオでいいよ」


「失礼ながら、お呼びしかねます」




リアが慇懃に返すと、クスクスとレオが笑う。その砕けた態度を見て、はっとリアは口に手を当て、真剣な顔をして言った。




「手を出してはならない女性に声をかけてしまったとか?」




一拍おいて目を丸くした後、後ろにのけぞるほどにレオは爆笑した。なぜかケンセイが恥ずかしそうに一瞬下を向く。




「君は何を根拠に俺の私生活を想像しているんだ?」


「すみません」




確かにゴシップ誌くらいしか、しかもそれもほとんど知らないような知識で物を言ってしまった。リアは恥ずかしながら素直に謝るも、レオはいまだ笑いながらひらひらと手を振る。




「そんな神話の女神のような人がいればロマンチックだけど」




それから細めた目はこちらではなく、少し遠くを見るように見えた。




「昔から敵は多いからね」




その一言を続けた瞳は暗く、先ほどまで笑っていた姿が思い出せなくなるほどだった。レオが「とにかく君の安全は気を付けるよ」と続けるので、リアは黙って茶に口をつけた。


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