たとえば、優しくないだけの優しさに溢れた世界の話

牛寺光

拝啓 無常のこの世の中へ

 気づいたら誰もいない、見覚えのない、家具のない家にいた。

 開けっ放しになっている窓からは海が見える。

 少しだけ波のある砂浜。その奥には果てしのない水平線。目の届くところに私以外の生物はいなかった。


 私の格好を見下ろすと女の子っぽくはなかった。

 無地のスポブラに短パン。特に生理という訳でもないけれど……やる気がなくなってしまった。

 普通の女の子なら自分の記憶にない、こんなところに居たらどんな反応をするんだろうか。


 私はただ嬉しかった。

 どこかに消えて無くなってしまいたいって願っていた。それが叶ったのだから。

 今、こんな場所に来ても学校のことを思い出すとそんな思いが溢れてくる。


「なんで大した努力もしてないあいつがメンバーに選ばれてるの?!」

「なんであんなクズに陰口を言われなきゃいけないの?!」

「なんで私はあの時、あんなこと言っちゃったの?!」

「なんであの時あんなミスしちゃったの?!」

「なんでもっと器用に出来ないの?!」

 ミスをする私が嫌い。

 死んでほしい。

 気色が悪い。

 消えてなくなりたい。

 どうにでもなってしまいたい。


そんな私でも本気で死のうとしたら怖くなるところも嫌いだった。


 そんな思いにつぶされそうになって自室に籠って誰とも会話をしなくなってから三日が経っていた。そんな時にここに来た。

 神様から救いの手のように感じる。

 こんなところで誰にも、何も言われずにちていけるなら……。


 謎の部屋の白いペンキで塗られた木で出来た窓から海を眺めながらそんなことを思う。

ぼっーとして、どれくらい経っただろうか。

 後ろで紙が落ちる音が聞こえた。

 特に机とかもないのに突然一枚の紙が落ちてきた。


 表に書かれている見出しは『女子高生、自殺未遂』『意識不明、泣く家族』。

 よく見ると私の通う学校の女子高生が自殺未遂をしたという話題。

 へぇーなんて思いながら裏側を見る。

 は何も書かれていなかった。


 私にとって突然落ちてきたその紙はただの紙でしかなくなったから意識を窓の外に向ける。

 その海に入ってみたいな……。

 紙をその辺に投げて窓の方に歩いていく。

『その窓を超えてしまえば、取り返しのつかないことになる』本能がそう告げる。


『本当にここから外に出てしまってもいいのだろうか』っていう迷いが生まれてくる。

『ガゴッ』

 後ろからそんな音がして振り返ると扉がそこにはあった。

 重そうで嫌になりそうな、面白みのない扉が。


 絶対、海の方が楽しい。

 綺麗だし、面白そうだし、何よりも嫌なことがなさそう。

 でも後ろの扉は嫌ではあるけれども、同時に胸を締め付けてくる。


 自然とドアに手をかけていた。

 重い、重い、想いで出来た扉を全身で押していく。






 気づくと病院服を着て病院のベットにいた。ベットの脇には目を赤くして、泣きぼくろが腫れてしまっている家族がいた。



 夢のようなあの砂浜の家で見た一枚の紙。あの紙の裏には自殺未遂をした女子高生、私の名前があった。

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