追放令嬢は救世主を望まない〜自分の力で生きるのでわたくしの事は放って置いて下さい〜
由希
前編
「ヴィクトリア・フローリアス。本日をもって、汝との婚約を破棄する」
王宮のホールに、王太子アルフレッドの声が高らかに響き渡る。
告げられた目の前の当人、ヴィクトリアはそれに対し、眉一つ動かす事はなかった。まるで、こうなる事が解っていたとでも言うかのようだ。
「……差し支えがなければ、理由をお聞きしても?」
冷然とした、ともすれば感情がないようにも見える表情のまま、ヴィクトリアが口を開く。それを聞いて、アルフレッドは眉根を寄せた。
「とぼけるな。汝のした事は総て解っているのだぞ」
「わたくしのした事……とは?」
「パルミラの咲かせた『水晶の青薔薇』を奪い、自らが咲かせたと偽証した事だ!」
それでも表情を変えないヴィクトリアに、アルフレッドが語気を強める。アルフレッドが口にした単語に、ホールにいた貴族達もにわかにざわつき始めた。
『水晶の青薔薇』。それは国王の妃として相応しい者の証。
この国に生まれた貴族の女子は、十五になると、水晶の薔薇という花を育てる事を義務付けられる。この花は育てた者の心根に応じて、様々な色の花を咲かせる。
そして国で最も清らかな心を持つ乙女が花を育てた時、水晶の薔薇は美しい青い花を咲かせる。これが『水晶の青薔薇』である。
その『水晶の青薔薇』を咲かせた功績により、ヴィクトリアは王太子アルフレッドの婚約者とされていたのだが……。
「真実は総て、ここにいるパルミラから聞いた。汝に頼まれて水晶の薔薇を育て、育った青薔薇を汝が奪っていったとな!」
アルフレッドが、傍らの美少女に目を向ける。それはヴィクトリアの異母妹である、公爵令嬢パルミラだった。
「……今アルフレッド様が言った事は、真実です」
悲しげに瞳を揺らしながら、パルミラが口を開く。
「本当は、お姉様を裏切りたくなんてなかった……けど私はもうこれ以上、嘘を吐き通す事は出来ません……」
そう涙を流したパルミラに、周囲のざわめきは一層大きくなる。アルフレッドはパルミラに優しく微笑みかけると、高らかに声を上げた。
「聞いただろう、皆のもの! この女は心優しいパルミラを利用して、私の婚約者の座に居座ったのだ!」
「まさか、ヴィクトリア様が本当に……?」
「いや、でも……我々は、ヴィクトリア様の笑顔一つ見た事がない……」
周囲の視線が、一様にヴィクトリアへと集まる。だがヴィクトリアはそれでも、顔色一つ変える事はない。
「……仰りたい事は、それだけですか」
沈黙していたヴィクトリアが、静かにその口を開いた。かけられた罪状などまるで取るに足らない事だ、とでも言わんばかりのその態度に、アルフレッドはますます眉を吊り上げる。
「お前はっ……今まで私のみならずこの国の全国民までをも欺いておいて、謝罪の一つもないと言うのか!」
「お止め下さい、アルフレッド様!」
今にもヴィクトリアに掴みかかろうとするアルフレッドを、腕を引いて止めたのはパルミラだった。アルフレッドは、ヴィクトリアに向けるものとは比べ物にならない優しい目でパルミラを見つめる。
「しかし、パルミラ……」
「私がお姉様に利用されたのは事実です。ですがそれでもお姉様は、私にとって大切な人なのです」
「パルミラ……おお、そなたは何と優しいのだ……さすがは『水晶の青薔薇』を咲かせただけはある……!」
感動した様子で、パルミラの手を取るアルフレッド。それをただ黙って見つめるヴィクトリアに、アルフレッドは毅然とした面持ちで向かい合った。
「王妃の資格ありと騙った罪、本来ならば死をもって償ってもらうところだが、パルミラはそれを望んではいない。よって汝への沙汰は、地位剥奪の後に国外追放とする!」
その宣告に、ヴィクトリアは初めて目を伏せた。アルフレッドも、パルミラも、他の者達も、皆沈黙してヴィクトリアの言葉を待った。
やがて。ヴィクトリアは静かな、静かな声でこう言った。
「——かしこまりました。謹んでその命、お受け致します」
「さあ、外に出るがよい。ヴィクトリア・フローリアス」
国境を守る衛兵が、少女に門の外に出るよう促す。少女——ヴィクトリアは、乱れ一つない歩みで隣国の土を踏んだ。
ヴィクトリアは振り返らず歩く。どこまでも、どこまでも。知らぬ者が見れば、彼女が若くして国外追放された大罪人であるなどと思いもしないだろう。
そして、国境が見えなくなった頃。やっと、ヴィクトリアは立ち止まった。
「あーーーーー、スッッッキリした!」
それまで無表情を貫いてきたヴィクトリアが、そう声を上げ破顔する。大きく背筋を伸ばし、空を見上げる姿は、それまでの彼女の印象とはまるで異なるものだった。
「やっっとくだらないしがらみから解放されたわー。自由、サイコー!」
足取りを軽やかなものに変え、ヴィクトリアは再び歩き出す。彼女の脳裏に去来していたのは、故郷でのこれまでの日々だった。
発端は、ヴィクトリアが抱いていた夢だった。
ヴィクトリアは、学ぶ事が好きだった。本を見ると読み漁り、勉学を趣味とするような、貴族の子女としては変わり者の少女だった。
やがてヴィクトリアは、貴族のみにこうした学びの機会があるのは不公平だと考えるようになった。一般市民にも、学びの機会はあっていい。一般市民が多くの事を学べば、農業も工業もより発展するかもしれないと。
身分の差を越え、学びを求める者総てが通える学校を作る。それが、ヴィクトリアの夢となった。
しかし学校など、簡単に建てられるものではない。頭の固い父がそんな事にお金を出すとは思えなかったし、自分を嫌っている異母妹パルミラだって何をしてくるか解らない。
そこでヴィクトリアは、水晶の薔薇の儀を利用する事にした。
心の清らかな者だけが青い薔薇を咲かせられると信じられている水晶の薔薇だが、実は育て方で花の色が変わる品種である事をヴィクトリアは知っていた。適切な育て方さえすれば、心の清らかさなんてものに関係なく青い薔薇が咲くのだ。
『水晶の青薔薇』を咲かせて王妃になれば、きっと夢を叶える事が出来る。そう思ったヴィクトリアは本の通りに水晶の薔薇を育て、見事青い薔薇を咲かせた。
総ては順調なはずだった。だがここで、誤算が生じた。
未来の夫となる王太子アルフレッドは、女が自分に意見する事をよく思わない性格だったのだ。試しにいくつか意見を述べた事があるが、女がでしゃばるなと総て切って捨てられた。
ヴィクトリアは焦った。このままでは夢を叶えられないどころか、自分の意思では何も出来ない王妃にされてしまう。
——そこに起こったのが、今回の冤罪事件である。
「まさかパルミラが、『水晶の青薔薇』の咲かせ方を知ってるなんてね。男に媚びを売るしか能のない子だと思ってたけど」
呟いてヴィクトリアはホウ、と息を吐く。そう、パルミラはアルフレッドに近付き、仲良くなった上で、『水晶の青薔薇』を咲かせてみせたのだ。
そしてヴィクトリアの水晶の薔薇を咲かせたのは、自分だと訴えた。根が単純な上パルミラに完全に惚れていたアルフレッドはすっかりそれを信じ、ヴィクトリアを断罪し国外追放した、という訳である。
「でもおかげで助かっちゃった。公爵令嬢でもなくなったから、もう礼儀に気を遣う必要なんてないし」
今の状況を、ヴィクトリアは願ったり叶ったりだと思っている。確かに実家の後ろ盾はなくなったが、逆に言えば、自分の自由に出来る金を稼ぐチャンスがきたとも言える。
もちろん容易な事でないのは解っていた。ヴィクトリアの武器は、本から得た膨大な知識だけ。
それでもその知識こそがこの先の人生において最大の武器だと、ヴィクトリアは信じているのだ。
「さあ、街に着いたら早速仕事探しよ! 私の夢、必ず叶えてみせるんだから!」
拳を天に突き上げ、やる気と希望を胸に、ヴィクトリアはそう決意を新たにした。
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