人生やり直し屋と、時渡りの双子
@connect_creater
第1話 ようこそ、人生やり直し屋へ
乾いた風がさびれたビル群にかかる。辺りからはキィキィと鉄の擦れる音だけが聴こえ、曇天の広がる空間はモノクロ調で生気をまるで感じさせない。
そこにまた生気のない男が一人、濁った瞳のままビル群を見つめていた。髪は手入れされていないようで所々肌が露出し白髪も多く、左の目元には大きなほくろがついている。身に付けている作業着は白かったであろうに、今は油や他の汚れに混ざり見る影もない。
「ここに、あるのか……」
しわがれた声をぽつりと漏らしながら、作業着のポケットからくしゃくしゃになった一枚の紙きれを取り出した。そこには『人生をやり直したい人、是非いらしてください』と盛大な文字で書かれた陳腐なチラシ。正常な思考を持ち得る人物ならただのイタズラだと到底信じる事はないだろう。
だが、この男は違った。小雨が辺りに降り始めると同時に一棟のビルの中へ飲み込まれるように消えていった。
外装と同じくビルの内部は酷く錆びれ、廃れ。人が住み着くには明らかに適さない場だ。男の足音だけが響く。
「はあ、はあ……一体どこにあるんだ……」
衰えた男の肉体は既に疲弊し、小鹿のように足を震わせている。道中転がっていた鉄パイプを杖代わりにして動いていたが、そろそろそれも限界だ。一度休憩しなければ倒れてしまう。
最後の力を振り絞って、次の階へと続く最後の階段を登ると。
「あ……あった……」
コンクリートで形成されたビルとは似つかわしくない、和製アンティークな扉が男の目の前にあったのだ。しかもご丁寧に呼び出しベルのようなものがノブの隣に設置されている。
男は呼吸を整えるとドアに近付き、メモが貼ってあることに気付く。そこには先ほど読んだチラシと全く同じ文章、同じ活字で書かれ、ここが『人生やり直し屋』だと確信した。
男は一瞬ためらった後、ベルを鳴らす。コロロンっと軽やかな音が鳴り、モノクロの世界に一瞬で色をくわえたかのように感じた。
脱色を終えると沈黙が続く。再びベルへと手を伸ばしたと同時に木が軋むかのような音を鳴らし、暖かな風が男の肌に触れた。
「客?」
開かれた扉の先からは葉巻を口にくわえ、こちらを見下ろす青い長髪をした大柄な男。寝起きなのだろうか? 服装はスウェットで髪は所々跳ね、目元には酷い隈がある。そして手入れされていない無精ひげは大柄ということもあり、誰が見ても一瞬たじろいでしまいそうな威圧感がある。
「あ、そうですが……」
そう言うと長髪の男は葉巻一気に吸い込んで、煙を工場のように吐き出す。
そして背を向けると「ついてこい」と人差し指で合図をして、男を招き入れた。
案内されたのは主色を紫にしたムードあふれる対談室のような場だったが、地面に撒き散らかされたピザ空き箱や酒の瓶がそれを減退させる。
ソファにこじんまりと座った男は目の前の請求書や空箱といった物で一杯の机を眺めながら待っていた。その姿はビル群を眺めていた時のような生気を感じさせない、抜け殻に等しい姿だ。
「よっと」
声と共に机に蹴りが繰り出される。衝撃と共に床にこぼれた請求書を踏みながら、白のタートルネックニットと黒いフリルのスカートをした銀髪の少女が紅茶の入ったカップを乱雑に机に置く。少女は額から鼻先まで覆う仮面を付けており、その容姿を完全に理解することは叶わなかった。
「お気楽にどうぞー」
そう言ってお盆を抱えたまま来た方向のドアへと向かい、ノブを回す。
それと同時に先ほど見た長髪の男と、銀髪の少年が対談室へと入ってきた。少年の服装は白いシャツにサスペンダーの付いた黒いズボン。そして少女と同じように鼻先まで覆う仮面を付けていた。
「オーナー。久しぶりの仕事なんだからしっかりねー」
「うっさいな、餓鬼は」
オーナーと呼ばれる男は向かい側にあるソファにドカッと座り込み、両足を机に投げ出す。その勢いでカップに注がれた紅茶が少し零れる。
「私は『人生やり直し屋』で生計をたててる”ドム=ドレディク”ってもんです」
ドムは胸ポケットしまった葉巻を取り出し、口元に運ぶと少年に目配せを送る。少年はライターをズボンのポケットから取り出すと迷いもせずドムの葉巻へと火をつける。
「そんでこっちにいる生意気な餓鬼共は”ログ”と”レコ”。まあこれは覚えなくてもいいっすけど」
「わ、私は馬場 卓と言います……」
「それはさっき渡してもらった資料で知ってますよ、別にお見合いしてるわけじゃないんだから、んな緊張しないでくれますぅ?」
「オーナーお見合いしてことあるの? その面で」
そんなレコの疑問をドムは葉巻から吸い上げた煙を吹き付けて返答した。
「レコ、無駄話はまた後にして。今はこのひなびた梅干しの話を聞こう」
「オッケー」
本人の前というのにこの暴言とも捉えられるニックネーム。どうやらまともな教育は受けていなさそうだ。
「それでは早速本題に入るんで、――おたくの人生、やり直しませんか?」
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