第25話 神の声

「エルヴィ……?」


 なにやらブツブツと独り言を話す彼女の肩に、俺はポンと手を置く。


「わひゃあ!? シュ、シュリオ様、突然触らないでください、です!」


「あ、ああ、すまない。しかしエルヴィ、今誰と話してたんだ?」


「え? あ、えっと……」


 困った様子で口をどもらせるエルヴィ。

 しかしまた誰かと会話するような様子で、


「……は、はい、です、森神様。ではいずれまた〈聖域〉で……」


「? あの~、エルヴィさん?」


「ご、ごめんなさい、です! シュリオ様、まずは私から〝経験値〟を取り戻してください、です」


「あ、ああ……。それじゃ天の声、【カムバック】で彼女から〝経験値〟を戻してくれ」


『質問。先程モンスターを倒して獲得した〝経験値〟も【カムバック】しますか?』


 尋ねてくる天の声。


 ああ、そうか。

 たった今ボスモンスターやレイスを倒したから、エルヴィはその分の〝経験値〟も獲得したことになるのか。


 しかし、それはあくまで彼女の手柄。

 俺は確かに〝経験値〟を貸したが、彼女の活躍を横取りする立場ではない。


「いや、モンスターを倒した分はそのままエルヴィに残してくれ。戻すのは元々俺が持っていた〝経験値〟だけでいい」


『返答。それではスキル【カムバック】を発動。仲間に付与していた〝経験値〟がスキル使用者に返還されます』


 天の声が言うと、エルヴィの身体から金色の光が吸い出されて俺へと戻ってくる。


 ――うん、身体の感覚が元に戻った。

 俺のレベルやステータスが元通りになったのだろう。


「さて、今のエルヴィのレベルは……」


 【カムバック】を使った後の彼女のレベルを確認してみる。

 すると――現在のエルヴィはレベル36となっていた。


 うおぉ、ヤバいな……一気に30レベル以上も上がってるじゃないか……!

 如何にあのレイスが強敵だったのかを物語ってるよ。


「エルヴィ、レイスを倒したお陰でかなりレベルが上がってるみたいだよ。スキルも色々解除アンロックされてるはずだし、ドロテアさんのところに戻ったら鑑定してもらおうか」


「! 本当ですか、です!? やったぁ!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ね、喜びを全身で表現するエルヴィ。


 新しいスキルの解除アンロックってのは本当にワクワクするものだ。

 彼女の気持ちはよくわかるなぁ。


 だがすぐにハッと我に返ったらしく、

 

「――って、そうじゃなくて、私がお話していたお方についてですよね、です……!」


「あ、ああ。もし聞いてもよければ……?」


「その……実は、私の信仰している森神様が、語り掛けて下さった、です」


「へえ、森神様が…………森神様が……? ――――森神様が!? 語り掛けた!? それってつまり――!」


「はい、です。神様・・とお話させて頂いた、です」


 ――絶句。


 まさかエルヴィが、信仰対象と繋がってしまった・・・・・・・・だなんて。


 この世に神は存在する。

 それは疑いようもなく、間違いない。

 実際に〝加護〟があるのがその証拠だ。


 しかし普通、俺たち人間は彼ら神々と直接コンタクトを取ることはできない。

 神とは俺たちとは異なる場所というか、異なる次元に存在しているからだ。


 ごく一部、最高位の〔神官職プリースト〕などが天啓などにより神の言葉を聞くことができると言われているが、会話できるというのは本当の本当に稀だろう。

 

 ……たぶん、エルヴィが〝加護〟を得たまま常識では考えられないレベルに達したことで、意思疎通のパスが開いた……みたいな感じなんだろう、よくわからんが。


 これが本当なら、歴史的な出来事だと思うぞ……。

 俺は内心まだ半信半疑だったが、


「そ、それでその、森神様はエルヴィになんて……?」


「はい、シュリオ様を森人エルフの里の〈聖域〉までお連れしろ、と」


「……俺を? なんで?」


「あ、あまり詳しくはお聞きできなかったのですが、なんでも「面白そうだから」と……」


 ……面白そう、だからぁ?

 うーん……り、理由のスケールがなんとも神っぽい。


 面白そうだからって……そんな理由で信者に話しかけて、自分のいる場所まで連れてこさせようとする神がいるか?


 いやまあ、神々ってのは往々にして変り者だと聞いたことはあるけど……森神様がどんな性格の持ち主なのか、不安になってきたぞ……。


 っていうか、俺のどこを見て面白そうだなんて思ったんだ……?

 覚醒したエルヴィを面白いと思うならともかく……。


「で、でも凄いです、シュリオ様! 人間が森神様から招待されるなんて前代未聞、です!」


「うん……光栄なような、そうでもないような……」


 面白そうだから来い、と言われるとちょっと複雑な気分。


 会いに行かないワケには……いかないよなぁ、当然。

 相手は完全な神様だし。


 無視なんてしようものなら、どんな天罰が下るやら……。

 

「わかったよ、エルヴィ。とりあえず今は、捕らえられた人たちを運び出そう。森神様の詳しい話はその後だ」


 今考えても仕方ないという結論に達した俺は、ザッパさんと一緒に行方不明者たちをダンジョンの外へ連れ出す。


 なんだか色々なことがあり過ぎたが、これにて〝〈古代の枯坑道〉行方不明事件〟は無事に幕を下ろしたのだった。

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