第15話 私を騙していたな?

「う……うぅ……」


 ゲイツはうなされつつ目を覚ます。

 全身に痛みと倦怠感が回り、満足に身体を動かせない。

 ただそれでも、自分がどこかのベッドで横になっていることはわかった。


「ここは……どこだ? 俺は……どうなって……」


「――目が覚めたか」


「! ヘルミナ……!」


 ゲイツのすぐ傍には、椅子に座るヘルミナの姿があった。

 どうやらここは病室の中らしく、周囲には彼ら二人以外に人影はない。


 ヘルミナは意図的に魔女帽子を深く被り、表情を見えないようにしている。


「お、俺たちは〈暗黒洞窟〉にいたはず……! 攻略はどうなったんだ……!?」


「この状況を見ればわかるだろう。失敗した。完璧に、完全にな。……ホラ、貴様の冒険証だ」


 ヘルミナはポケットから一枚の冒険証を取り出すと、ゲイツの身体の上に投げ捨てる。

 それを見たゲイツは――


「――な!? ぼ、冒険者ランクB……!? レベル41……!? これが俺の冒険証だと!? どういうことだ!?」


「貴様が寝ている間に、鑑定士に『白金の刃』メンバーのステータスを描いてもらった。結果、私以外の全員がレベル40前後と判明。〈暗黒洞窟〉の攻略失敗を含めSランクの資格なしとして、降格処分となった」


「バ、バ、バカな……! どうしてそんな……!」


「ボルドは未だに意識不明、エーヴィンとチェルースはパーティを抜けてとっくに姿を晦ましたよ。冒険者たちの間で、『白金の刃』はすっかり嘲笑の的だからな。……だが、そんなことはどうでもいい・・・・・・


 ヘルミナは立ち上がる。

 そして――ゲイツの胸ぐらを掴み上げた。

 その時、ゲイツはようやくヘルミナの顔を見る。


 彼女は表情は――いや瞳は、憤激していた。

 いや、憤激などという言葉では生温い。

 少なくともこれまでゲイツが見てきたどんな怒りの表情よりも、ずっと恐ろしい。

 表情は凍るように冷たいのに、瞳の奥には噴火するような真っ赤な激怒が宿っている。


 恐ろしい――恐ろしい恐ろしい。

 ゲイツは完全に竦み上がってしまう。

 今この場で殺されていないのが不思議なほど、ヘルミナは怒りを爆発させていた。


「ゲイツ、貴様……私を騙していたな? エーヴィンとチェルースから全部聞いたぞ。シュリオをパーティから追放して、崖から突き落としたそうじゃないか?」


「そ、そ、それは……!」


「何故貴様らのレベルが下がったのか教えてやろうか。シュリオを捨てたからだ。彼がパーティメンバーでなくなったことで、付与されていた〝経験値〟が消失したのだよ」


「ッ! そ、んな……!? そんなことあるワケが……!」


「大方、一度得た〝経験値〟は永続的なモノとでも思い込んでいたのだろう? このバカが、捨てられたのはシュリオではなく貴様らの方だったのだ」


 ――ゲイツは衝撃を受けた。

 まさにヘルミナの言う通りだったからだ。


 というより、それは冒険者にとって常識であった。

 つまり〝一度獲得した経験値は消失しない〟。

 現役冒険者の経験値が上がるのは普通でも、下がるのはありえない。

 もしありえるとすれば、なにか強烈な弱体化デバフや呪いの類ということになるだろう。


 だからこそ、ゲイツは完全に思い違いをしてしまったのだ。

 一度レベルが上がったのだから、もうシュリオは用済みだと――。


「それに仕事を手伝ったらシュリオに合わせてやるなど……初めからそんな気はなかったのだろう? ご丁寧なことに、冒険者ギルド連盟からシュリオの登録を抹消していたくらいだものなぁ」


 ヘルミナは手を震わせる。

 自分で話していて、もう我慢ならないとばかりに。


 しかし――そんな態度とは対照的に、彼女はぱっとゲイツから手を放す。


「貴様らの悪事は全て連盟に報告した。然るべき罰を与えるべきだとな。しかし……シュリオ自身が発見されない限り、立証ができないそうだ」


「! へ……へへ……そうかよ。そりゃ残念だった――」


「思い上がるな」


「!? が――あ――ッ!?」


 突如ゲイツの首が見えない何か・・・・・・で強烈に締め上げられる。

 だが、それがヘルミナの魔術だと気付くのにそう時間はかからなかった。


「今貴様が生きているのはな、私にほんのひとさじの理性が残っているからだ。それに貴様みたいな雑魚・・など、いつでも殺せるのだよ」


「や……や……止め……止めてェ……!」


 ゲイツの顔は酸欠で真っ青になり、口からは泡を吹いて、両目がギョロリと飛び出す。

 また首を絞める力もどんどん強くなり、ミシミシという鈍い音を奏でる。

 あと少しでも強くなったら、彼の首はへし折れるだろう。


「そしてもう一つ……私の直感が囁くのだ。シュリオは生きていると。どうせ貴様を裁くなら……彼の話を聞いてからでも遅くはない」


 ヘルミナは魔術を止め、ゲイツの首を解放してやる。

 そしてゼェゼェと激しく呼吸する彼を見下し、


「だがもし……もしシュリオが無惨な姿で見つかったら、あるいはシュリオが貴様らを許さないと言ったなら……必ず貴様ら『白金の刃』を皆殺しにする。絶対に、一人残らずだ。……覚悟しておけ」


「ヒッ――ヒィ――ッ!」

 

 その時、ゲイツは魔女の恐ろしさを見た。


 同時に絶望する。

 これまで対等だと思っていた相手が、逆立ちしても敵わない絶対強者となったことに。

 そして、そんな神にも悪魔にも等しい存在に命を狙われてしまったことに。


 自分は弱者だと理解してしまった。

 自分はグリフォンの尾を踏んでしまった。

 自分は――全てを失ってしまった。


 この瞬間、ゲイツがこれまで持っていた自尊心プライドは完膚なきまでに崩壊する。

 

「ヒ……ヒヒヒ……ヒャハハハ……!」


「壊れたか」


 ヘルミナは興味なさ気に言うと、病室から出て行く。


 そして真っ直ぐな廊下を歩きながら、



「……待っていてくれ、今行くからなシュリオ。いや――我が婚約者・・・よ」



――――――――――――――――――――――

【あとがき】

ラブコメで連載していた作品が(何気に初めて)完結したので、よろしければ息抜きにお読みください。


『転生したら女騎士団長のおっぱいを支える係になった件について。』

↓↓↓

https://kakuyomu.jp/works/16817330648050147033

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