魔導兇犬録:闇黒新世界

@HasumiChouji

序章

A Bittersweet Life

『しっかし……ヤクザ映画かよ……。相手の「組」の親分の愛人のマンションの近くで待ち続けなんてよぉ……』

 携帯電話ブンコPhoneの向うで、そうボヤいたのは、相棒の「幕下」だった。万が一の盗聴を避ける為に、通常の通話機能ではなく、通信は暗号化されて、ユーザー側でも中継サーバーを設置する事が出来るタイプのコミュニケーション・アプリを使っているが。

 しっかし、身長一八〇㎝以上で、そろそろ糖尿病の心配をしなきゃいけねえような体格の俺のコードネームが「チビすけ」、一七〇㎝未満でガリガリの体格の相棒のコードネームが相撲用語から取った「幕下」ってのも、逆にベタ過ぎる。

「知らねえのか? 八〇年代に山口組が2つに割れた切っ掛けが何だったかを?」

『へっ?』

「俺達がやってんのと同じだよ。組長が愛人の家の前で殺された」

『マジかよ……』

「それも、山口組を一代で日本一の暴力団にした伝説レジェント中の伝説レジェントの死に方が『自分の愛人の家の前で殺し屋ヒットマンられる』だぞ。ガチでヤクザ映画そのまんまだ」

『二〇〇一年のアレより前から……現実の方が作り話より無茶苦茶だったのかよ……』

 そうだ……あの年の秋のある日、アメリカはニューヨークの「2つの塔」にジャンボ旅客機が特攻Kamikazeした。

 その後に見付かったフライトレコーダーの内容から判ったのは……「人の心を操作できる未知の能力を持つ者が存在し、そいつらが乗員を操ってビルに突っ込ませた」と云う信じ難い内容。

 だが……更にとんでもない事が次々と判明した。

 俺や、あのテロの犯人みたいな「異能力者」は、実は世界中にゴロゴロ居た事だった。

 そして……北関東a・k・a・というかほぼ東北地方南部のシケた田舎のシケた「死霊使い」の家系の1人だった俺も……世界を変えたテロリスト以上の化物だったのだ。

 あのテロリスト達の能力は「おそらくは先天的な精神操作能力」。ところが、世界各地の「伝統的」な魔法使い・呪術師達の多くは、修行・訓練の過程で、その手の精神操作能力への強い耐性を獲得していたのだ。

 それから二〇年近くが経った今、1つの世界に2つの時代が「併存」していた。

 合理主義とヒューマニズムと科学技術の時代である「現代」と、魔法使いや超能力者や古代種族a・k・a・別名妖怪系なんかがゾロゾロと居る「中世」とが……。

 そう言や、よりにもよって、実写映画版の「指輪物語」の最終章が公開される頃になって、北欧の少数民族にやらたと「異能力者」が多く居る事が判明し、こいつらこそ北欧神話のエルフの原型だ、って話がニュースになった事も有った。

 ところが、その「昔のヨーロッパ人が『エルフ』と見做してたらしい少数民族」、中世初期にアジアからヨーロッパに入ったモンゴル・トルコ系の遊牧民族の子孫らしく、日本人からすりゃ、何か近所のおっちゃん・おばちゃんみたいな風貌の奴がチラホラ居るような「エルフ」だったが……。ついでに、もちろんだが、オタク向けのアニメに出て来るような「エルフ耳」なんかじゃなかった。

『しかし、よく、山能組の組長の愛人のマンションなんて見付けたな……』

「ウチの『調査部』も、案外、優秀なのかもな」

 口では、そう言ってるが、俺は連中が優秀な理由を知っている。

 素行不良だったり、シャブ中だったり、よりにもよって警察署内で女性警官メスデカをレ○プするような性暴力依存症だったり、チンピラから金をタカり取ったりと問題点ばかりのクズ野郎どもだが……本業は、だからだ。

 そうだ……俺と同じだ。

 もっとも、一番トチ狂ってるクソ野郎は「潜入捜査官が『悪堕ち』するのが恐けりゃ、元から、これ以上、悪堕ちしようが無いのを送り込めばいいじゃん」なんて事を考えた雲の上のお偉いさんかも知れないが……。

『来たぞ……』

 ヤクザの組長が愛人を住まわせてるマンションと言われりゃ、カタギの奴らはセキュリティ万全の高級マンションを思い浮かべるかも知れねえ。

 だが……現実は……築四〇年Overのボロ団地。

 住人の半分位は、今よりも日本の景気が良かった頃に出稼ぎに来て、帰れなくなった外国人だ。と、言っても、日系ブラジル人や、東南アジアの奴らなんで「日本人にしちゃ、濃い顔だな」ぐらいの連中がほとんどだが……。

 ここくれでも最後の「抵抗勢力」である山能組の組長の車と……もう1台の護衛らしき車がマンションの近くの月極駐車場に入る。

 いわゆる「黒塗りの高級車」ではなく、頑丈そうなSUVだが。

 駐車場は、山能組のフロント企業の名義で借りてるらしい。

「プランBに変更だ」

 俺は……車を「探って」から、相棒に連絡。

『おい、待て、どう云う事だ』

「訳は後だ。早く行け。場合によってはプランCに切り替える」

 「探る」とは……俺の流派では「魔法・呪術などによるアクティブ・センシング」の事だ。

 別の流派ではパッシブ・センシングを「見る」、アクティブ・センシングを「観る」と漢字で区別してるとこも有るようだが……「似てるけど違う事を、漢字は違っても読みが同じ単語で呼んでる」なんて不合理な真似をしてんのか、さっぱり判らねえ。

 ともかく、プランAである「呪殺」の前段階として、相手の車を「探って」みたら……案の定、車に防護術がかけられていた。

 しかも……誰がか「探った」なら、術者も探られた事に気付くタイプの防護術だ。

 今頃、標的マルタイには……携帯電話ケータイか何かで「近くに魔法使い・呪術師系の殺し屋ヒットマンが居る」って連絡が入ってる頃だろう。

 2台の車の片方から3人の背広の男達が出て来る。

 双眼鏡ごしに見た限りでは……全員が二〇代から三〇代。

 着ているのは全員が鼠色の背広に地味めのネクタイに白いワイシャツ……クリーニングから戻ってきたばかりのようにパリっとしてるが……多分、安物の既製品。髪型もチンピラじゃなくてサラリーマン風のモノ。

 そこに目出し帽に、素人でも「防弾じゃねえのか、これ?」と思うようなベストを着けた「相棒」が現われ……。

 敵3人は拳銃を構え……しかし、相棒の姿は消える。

 次の瞬間、地面に伏した相棒の腕が延びる。いわゆる「河童」の一種である「エンコウ」と呼ばれる妖怪古代種族系の能力だ。

 人間相手の戦闘術では想定してない攻撃で……3人の敵は、相棒の両手のナイフで、次々と足をザックリとやられる。

 双眼鏡ごしなんで確実とは言えないが……全員、アキレス腱をやられたようだし、足の甲からも血を吹き出してる。近頃、勢力を拡大してる「正義の味方」「御当地ヒーロー」みてえに、ちゃんと物理的な防御力が有る靴を履いとくべきだったな。

 標的マルタイである組長が乗っているらしい、もう1台が発進。

 俺は「使い魔」である「死霊」の1匹に、その車を追わせる。

「『幕下』、撤退しろ。プランCに切り替えだ」

『わかった』

「全員、良く聞け。いいか、しばらく『使い魔』に意識を同調させる。連絡が出来なくなる」

『それも、わかった』

 俺の意識は、『使い魔』の方に移る。

 『使い魔』の『感覚』を使って現実の世界を認識するのにはコツが有るが……俺は、その才能が有ったようで、「使い魔」の「運用の幅」だけなら一族の中でもピカ一だった。単純な「力」なら、俺が一生修行しても追い付けねえようなヤツはゾロゾロ居たが……。

 標的マルタイの逃走ルートは……予想してたヤツの内の1つ。

 そこに……車の「防護術」の時点で予想していたが……おいでなすったか……。

 それは「天使」に見えた……が……装飾品や衣装は……キリスト教っぽくもイスラム教っぽくもない。俺の「目」には「スターウォーズのライトセイバーみたいなモノを手にしたサイバーパンクっぽい天使」みたいな感じに見える。

 と言っても……俺が無意識の内に「気」「霊力」なんかを「姿」に「翻訳」してるだけだが……。

 早い話が、俺の感覚では「天使」に見える「近代西洋オカルティズム」系の「魔法使い」の「使い魔」だろう。おそらく物理的実体は無しで、一般人には見えない筈。多分、標的マルタイが護衛として雇った「魔法使い」が放ったモノだ。

 単純な「力」は……勝てない訳じゃないが、真っ向勝負だと時間も手間もとるし、こっちも無傷じゃ済まない。

 その「天使」が手にしている「剣」に「光」を込め……。

 次の瞬間、俺は、今乗り移っている「使い魔」を退避させ、あらかじめ待機させてた別の「使い魔」に意識を移す。

 その「使い魔」は……近くに停車しているトラックの運転手に取り憑いていて……。

 間に合った。

 「使い魔」→運転手経由でトラックを急発進させる。

 標的マルタイの車が交差点を通過するタイミングで横から突っ込み……。

 続いて、衝突の直前に意識を自分の体に戻す。

「おい、ポイント2−3。トラックが追突したのは標的の車で間違いないか?」

『はいッ‼ ナンバー確認しました。表向きは山能組のフロント企業が所有してる車です』

「ターゲットの様子は?」

『車から出て来る様子は有りません。気絶してるか、死んでるみたいです』

「じゃあ、すぐに退避しろ。トラックに詰んでた爆弾を爆破させる」

『わかりましたぁっ‼』

 そして……俺が遠隔起爆装置のボタンを押した瞬間……広島県の全ての暴力団・右翼団体・半グレ集団の中でも、俺が潜入している「神政会」に歯向かっている最後の「組」の組長は爆死した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る