滅亡世界のスカベンジャー

超新星 小石

第1話 ケツアナ


 とある廃墟の中を一人の女が歩いていた。


 肩甲骨あたりまで伸びたポニーテール。赤く縁どられた切れ長の瞳は右が黒で左が緑のオッドアイ。刃を想起させる凛とした雰囲気が印象的だ。


 背には刀型の高周波ブレードを背負い、十字に巻いたベルトには左右にそれぞれサブマシンガンがぶら下がっている。


 右の太腿にはナイフ。左の肩にもナイフ。水色のショートパンツのお尻のポケットの中にも折り畳みナイフ。


 背中に中指を突き上げた手が描かれた赤いミリタリーベストを纏い、ベストの内側には閃光、炸裂、煙幕などなど各種グレネードが隠されている。


 指だしグローブの手の甲には鉄の鋲が打ち込まれているし、爪先に鉄板が入っているブーツの踵には仕込みナイフが入っている。


 彼女は盗掘屋スカベンジャー。打ち捨てられた廃墟を漁るプリティでビューティーな盗人だ。


「こちらレイナ・キジマ。イヴリル、聞こえる?」


 レイナが右耳の下を押さえると骨伝導通信機が震えた。


「はいはーいこちらプリティ担当のイヴリルちゃんでーす! ビューティー担当のレイナちゃん、どうかしましたか?」

「暇。なにか話して」

「ありゃりゃ、相変わらずレイナちゃんは無茶ぶりがすぎますなぁ。それではここでユーモア担当のわたくしから一つ話題を振らせていただきましょう!」

「プリティなのかユーモアなのかどっちなのよ……」

「ズバリ。レイナちゃんの好きな動物はなーんでしょう?」

「……え? 質問形式なの?」

「答えて答えて?」

「ええと、猫……かな」


 足元でオレンジ色の光を放つ非常灯を頼りに亀裂の走った廊下を進みながら、レイナは頭の中に三毛猫を思い浮かべた。


「いいですねぇ猫! ふわふわで柔らかくて可愛くて! まぁ実物は見たことないんですけどね!」

「ないんかい」

「ちなみにわたくしはクジラが好きです!」

「クジラ? なんで?」

「クジラは肉も骨も油も余すところなく使えるとっても有用性の高い生き物なのです! いいえ、むしろ死んでこそその有用性を発揮できる死に物といったほうが良いでしょう!」

「そんなこといったら大概の生き物は死に物だよ」


 ちょっとブラックなジョークにため息をつくレイナ。

 道が左と正面の二手に分かれており、無意識に左へと進んだ。


「そんな無駄のないところも好きですが、一番好きなのは爆発するところなんです!」

「爆発ぅ? クジラが?」

「そうなんです。クジラの皮膚は非常に厚くて死後腐敗した内臓から発生したガスが体内に溜まるのです。ちょっとした衝撃で皮膚が割れるとあとはもうどっかーん! といろんなものを飛び散らせるってわけですねぇ!」

「……なんでそんなところが好きなの?」

「爆発ってロマンがありませんか? あと明らかに実用性を度外視したドリルとかダイキャスト製のフレームとか!」

「なんか男の子が好きそうよね、そういうの」

「わたくしは本来男性向けの女なので!」

「……それはモテるっていいたいのかしら?」

「そう聞こえました?」

「別に……ん?」


 物音が聞こえて立ち止まるレイナ。

 廊下の奥でなにかが動いた。

 レイナの左目に搭載された機械義眼システム・アイが周囲の明度を調整する。


「……なにあれ」 


 明るくなった視界の先に見えたのは小型のクジラ。小型といっても大人が二人のってもまだ余裕がありそうなサイズだ。


 そのクジラの縦縞が刻まれた腹部からは人間の足が一組生えて体を支えている。


「うっわ、生足ですよレイナちゃん!」


 義眼を通して同じ光景を見ているイヴリルが興奮気味にいった。


「いや、そこはどうでもいいっていうかむしろ気持ち悪いんだけど……」


 クジラはレイナに気づいたのかのっそりとした動きでこちらを向いた。


「うわ、こっち見た」

「なかなか可愛い顔をしていますね」

「どこがよ。何考えてるかわかんなくて不気味だわ」

「ケツアナ……カクテイ!」

「「……え?」」


 クジラはレイナに向かって一歩にじり寄る。

 逆にレイナは一歩あとずさる。


「レイナちゃん……たぶんいまロックオンされましたよ」

「……かもね」

「逃げたほうがいいのでは?」

「当然!」


 レイナが踵を返して走り出すと同時にクジラも生足をつかって追いかけてきた。


「ケツアナカクテイ! ケツアナカクテイ!」

「やばいやばいやばいやばい! あいつものすごい追いかけてくる!」

「大丈夫ですレイナちゃん! 万が一捕まってもたぶん前は無事(・・・・)です!」

「るっさいわよそんなことはどうでもいいからどっちいったらいいか教えなさいよ! あんたサポーターでしょうが!」

「はい! あ、でもいま思ったんですが!」

「なに⁉」

「あの魔獣の名前、ナマアシ・クジラなんてどうでしょう?」

「だーかーらー! 逃げ道教えてってば!」

「はいはい、すいませんすいません。えーっとですね、この先を進むと先ほど通りがかったティー字路に差し掛かりまして、左に曲がると――――」

「左ね! 了解!」

「あ、ちょっ」


 レイナがティー字路を左に曲がると、ほどなくして瓦礫の山に行く手を阻まれた。


「……は?」

「左に曲がると行き止まりでーす……って言おうと思ったんですけど……遅かったですか?」

「遅いわよこの馬鹿!」


 レイナが叫ぶも背後から迫る足音はどんどん大きくなっていく。


「ああ、もうやるしかないわね」


 二丁のサブマシンガンをホルスターから抜き廊下の奥へ構えた。


「あ、レイナちゃ――――」

「ケツアナカクテイ! ケツアナカクテイ! ケツアナカクテイ!」

「ケツアナケツアナうるせーのよこの変態クジラぁ!」


 レイナが引き金を引くとマズルフラッシュによって廊下が白く染め上げられた。


 ばららら、と秒間十二発の九ミリ弾を浴びせられたナマアシ・クジラは全身から血を流してよろめき、両ひざを床についた。


「ケツ……アナ……」

「はぁはぁ……やったわ」

「レイナちゃん! 逃げて!」

「え――――」


 イヴリルが叫んだ直後、ナマアシ・クジラの胴体部分が急激に膨張した。


「カク………………テイ!」


 ぼん、と破裂したナマアシ・クジラ。


 あっという間に廊下はどろどろした体液で辺り一面真っ赤に染まり、とした生臭い臭いが周囲を満たした。


「…………」


 無論、正面に立っていたレイナも全身血まみれだ。


「あーあ、だから逃げてっていったのに」

「……うるさい」

「帰投しますか?」

「……帰投します……ぐすん」


 両目に涙を溜めながらサブマシンガンをホルスターにしまうレイナ。


 彼女は命知らずの盗掘屋。廃墟に遺されたお宝を探すのが彼女の仕事。


 それでもいま彼女が求めているのは、貴重なお宝などではなく熱い熱いシャワーなのだった。

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