第65話 雪奈と練習
予定された野外ライブまで残り1週間を残すのみになっていた。綾女と一緒に勉強をしたからだろうか、試験は満足行く結果に終わった。
雪奈の指導も厳しさを増す。川上が俺について調整をする。ドラムの練習だけに打ち込んできたので、一曲を通して叩けるようにはなっていた。
「そこ違うわよ、ここはこうだから……」
雪奈が俺の側に近づいて楽譜を指差しながら、顔を近づけた。夏らしい半袖のピンク色のTシャツとジーンズのミニスカートが可愛い。太ももまではっきり見えるので、正直目の毒だ。
「あのさ、どこ見てんのよ」
思わず太ももをガン見していた。欲求不満なのだろうか、性的な視線に気づいた雪奈は嬉しそうに微笑む。
「帰りに寄ってく?」
「どこにだよ」
「そりゃさ、わたしたちもいいお年頃だしね」
「そんなことより、練習だ。どうでもいい話はするな」
俺たちの話を聞いていた川上は明らかに不満そうな顔をしながら雪奈を見た。俺の仕上がりが遅れてるのに、そんな時間がどこにあるのだ、といいだけだった。
俺は一曲叩くたびに、川上からダメ出しされる。雪奈から見本を見せてもらい、もう一度叩く。ダメ出しされる、を繰り返す。
「本番まで何度も何度も叩く必要がある。今回は一曲だけしか叩かないのだから、完璧にしろ」
これほどまでに効果的な練習方法はないと思う。プロの腕前を持つ雪奈と、元紅の川上。この人達がつきっきりで教えてくれることなど、本来ない。
「そこ、違うよ。こうだからね」
「ちょっと待て。俺が見本を見せてやる」
川上が俺からスティックを受け取ると一曲叩く。プロの腕前と言うのはこうも違うのか、と思うくらい上手かった。俺は一曲と言えども、ここまで上手くならないとならないのか。
「ここまでは難しいだろうが、これに近づけるように、意識して完璧に叩けるようになれ」
教えてもらった通りに、叩くが思うようにいかない。川上が叩いたからだろう。今まで完璧と思っていたものが、全て違うと気づく。修正しながら叩いた。
「うん、そうだ。少しマシになってきたな」
一曲を叩くと川上が満足そうに笑みを浮かべる。これから愛の最終調整に行くから、とだけ言って、川上はスタジオを出ていった。
「忙しい人だよね」
川上が出ていったのを確認して、雪奈は顔を綻ばせた。
「ねえ、少し休憩、しよか」
「うん、そうだね。だいぶ叩いたから疲れたよ」
雪奈はコーヒーをふたり分淹れてくれる。俺と自分の前に置いて、隣に座った。
「ねえ、決めてくれた?」
「なんの、こと」
「わたしか、綾女さんかどっちにすると言う話に決まってるでしょう」
「ごめん、まだ」
「どうして煮え切らないの? わたし好きだよ。不安で不安で仕方ないの」
「ごめんね。俺ふたりとも好きだから」
「不公平だよ。綾女さんとは寝たよね。じゃあさ選ぶのに、わたしとも寝る必要ないかな」
川上が出ていったのを良いことに、俺に迫るつもりだったらしい。
「わたしはいいよ、と言うか」
俺の身体に手を回す。胸の柔らかさが背中に感じられる。
「味見してみないと、どっちが良いか分からないじゃない」
俺が選ぶ理由とかなり違うような気がする。雪奈は性的な相性を重視しているのだろうか。
「そりゃさ、元女優と比べるとエッチとか単調かも知らないけども、初めてだし……」
昔とは違い恋愛には、性行為がつきものになっている。お互いの相性を考えるのも重要だろう。実際寝てみないことには分からない。違和感はないが、恋愛ってそれだけで、つき合うものでもないと思う。
お互い楽しみを共有したり、少しの触れ合いで顔を染めたり、ふとした日常の中でこの人と一緒にいたいと思うものではないだろうか。
行為は続けていくと、絶対に飽きがくる。残るのは日常生活だ。生活が楽しくなければ、つき合う意味がない。
「関係の問題じゃないんだよ。俺が重視してるのは、そんなとこじゃないんだよ」
「えーっ、でも不公平だと思うんだよね。雄一、わたしのこと何も知らないよね」
確かに俺は、雪奈のことを知らない。一緒に遊びに行ったこともないからだ。性的な関係になったからと言って特に変わることはない。それならば……。
「今日、時間あるかな?」
「えっ? 抱いてくれるの?」
「違う違う、そうじゃないって。俺は綾女の歌は聞いた。雪奈の歌はあの時以来聞いてないからさ。聞きたいな、と」
「なあんだ、でもいいよ」
嬉しそうに微笑む。
「なら、ここで歌っちゃおうか。練習も兼ねてね」
雪奈はそう言うと俺が唯一叩ける曲。『届かない声』を歌う。シンセサイザーに座って弾きながら歌い出した。凄い、抑揚が聞いている。綾女も凄いが雪奈も同じくらい上手かった。優劣はつけれない。俺はそれより、ドラムを叩くのに必死だ。歌い終えた雪奈は俺の横に座った。
「どうだったかな?」
「うますぎるだろ」
「綾女さんとは?」
「同じくらい上手い」
「なあんだ、じゃあ今度こそ、カラオケ対決よ!」
雪奈はスマホで綾女に電話をかけた。
「うん、そう、これからね。カラオケ行くから、来てね。対決よ!」
いつのまにかカラオケは対決になっていた。本当にこのふたりカラオケが好きだよなあ。俺は嬉しそうに微笑む雪奈を見ながら、そう思った。
遅くなりましてすみません。
今後もこんな感じで11末までいきます。
しばらくお休みになりますが、できれば次回作を読んでいただけるとありがたいです。
応援ありがとうございます。
また、必ず書きますので11末以降暫しこの作品は、
お休みになります。
よろしくお願いします。
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