第1章 ピックケースはどこにある(2)

「戦国武将みたいなこと言うな……。でも前に、モデルの真似すればいいってわけじゃない、みたいなこと言ってなかった?」

「それはそれ、これはこれです。私みたいになりたい、と思ってもらえたのなら、それは素直に嬉しいことでしょう」


「あんなことがあったあとだしね」

「ということで、私は考えるわけです。世界をこの手に収めるべく、よりいっそう邁進しなくてはならないと」


「もはや帝国主義だ」


衣緒花いおかはいつも衣緒花いおかであり、それは悪魔を祓ってからも変わらない。

しかし、変わってしまったこともある。


「ということで、今度一緒にメンズの服を見に行きますから」


悪魔を祓ったあとも、彼女の活動に、いちいち僕が動員されるようになってしまったことだ。


「いや、どういうこと?」

「だって有葉あるはくんにいろいろ着てもらわないと」


「着るの? 僕が?」

「スーツを着た有葉あるはくんを見て、私は悟ったのです。私はメンズウェアへの理解がまだまだ足りません。パターンからしてまったく方法論の違うメンズについて学んでこそ、相対的にレディースについてもよく理解できるというものでしょう。そして学びを深めるためには、やはり自由に使えるメンズの肉体が必要です」


「僕の体はいつ無料教材になったんだ」

「仕方がありませんね。私の試着に付き合うことを許します。異性の印象を知ることも重要ですので。私を間近で見られるなんて眼福もいいところですから、まさに三方良しと言えるでしょう」


「むしろ一方的すぎる」


この場合、三方というのはどこのことなのだろう、とふと考える。

僕は衣緒花いおかと約束した。彼女のことを、ずっと見ていると。

それは衣緒花いおかの悪魔を祓うためであったし、まあその意味においては衣緒花いおかと悪魔にとってはよいことなのだろう。


では、僕にとっては、どうなのだろうか。


悪魔を振り払ったあとも、僕は彼女という星のまわりを、ぐるぐると回転し続けている。


その重力は、今や僕の生活の中心だった。スマートフォンはほとんど衣緒花いおかと連絡を取るためにあったし、僕のカレンダーにはなぜか彼女のスケジュールが共有されていた。仕事以外で彼女が行くどんな場所にも、僕は連れて行かれた。


それがいいことなのかどうかは、わからない。けれど、僕はそこに、奇妙な感情を見つけずにはいられなかった。


居心地のよさ。安心感。あるべきものが、あるべき場所にあるような感覚。


僕はそういう気持ちを、できるだけ見ないようにしてきた。だってそうだろう。ついこのあいだまで、僕は彼女のことを、自分と関係ない世界に輝く夜空の星だと思って見つめてきたのだ。それをよしとするのは、なんというか、あまりにも自分勝手で、都合がよい気がして。


しかし衣緒花いおかはそんな葛藤などお構いなしで、ぶれることなく自転している。


「私はプロですから、むしろお金を取ってもよいくらいです」

「そう言われると説得力があるような気がしてくる……」


「でしょう? だから体で払えと言っているのです」

「言い方が悪すぎない?」


いや、やっぱりこのティラノサウルス相手にそんな殊勝な考えは必要ないのではないだろうか、と思ったところで、狼がひょっこりと顔を出した。


「ロズィ知ってるよ。それヤミキンってやつでしょ」


衣緒花いおかのところの机にひょいと腰掛けると、極端な脚の長さと背の高さが際立つ。透明な髪がふわりと揺れて、青い目が子供のように、いたずらっぽく輝いている。


「誰が闇金ですか」

「こわ。イオカ地獄まで取り立てに来そう」


「私のものを返さないほうが悪いのです」

「やっぱこわ!」


ロズィは大袈裟に、けらけらと笑った。


かつて悪意を拳に握って殴り合うようだったふたりのやり取りを知っている身からすると、この程度の会話はじゃれ合いに等しい。実際、あれ以来イオカとロズィは頻繁にやり取りをしているらしい。同じ事務所の先輩と後輩なので、そのほうがむしろ自然というものだろう。最近はこうしてわざわざ中学棟から遊びに来ることが多くなった。


「ちなみにロズィはいつからいたの?」

「カレシとイオカがデートってところから」

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