俺とあいつ

紫陽花の花びら

第1話

 振り返るとそこには一匹の犬が俺を見ていた。迷子いや迷い犬か?そんな目で見るなよ。俺は無理だからな。俺は犬猫、そう所謂ペットを飼ったことがない。

親が興味無いと、必然的に子供も疎くなる。まあ大袈裟に言えば触った記憶さえないのだ。

 見なかった事にしよう。

俺はシラッと歩き出した。

よかった! 付いて来る気配は無い。

 暫くすると、後ろからハアハアハアと聞こえる。俺は不用意にも振り返ってしまった。  

「ワン!」

えっ!どっから? 犬! それから俺たちは、だるまさんが転んだ状態が続いた。

そう、かれこれ七、八分は、その犬に揶揄われた。

 然しこの日差しはまるで夏の終わりだ! 暑すぎる。

冬が終われば……? ああ~季節

なんてどうでも良い! 夏に雪が降ろうが、俺にはもう関係ない良いんだよ。

「疲れた」

俺はボソッと呟やき、壊れかけのベンチに腰を下ろした。

すると、その犬は躊躇無く足元に寄り添ってきた。

「おい! やめろ!」

避けても寄り添ってくる。

とうとう3回目には、前足で俺の足を押さえる始末だ。

まるで、いい加減やめなさいとでも言われているようだった。

「失礼な奴だな!」

その犬はジッと俺を見つめている。

 携帯が鳴る。

「御無沙汰してます。はい……来週日曜日解ってい、はいすみません。有難うごさいます。では、午前十時、霊園に直接行きますので。はい……失礼致します」

携帯切るとベンチに放り出した。

「判ってるんだよ。俺がやらなきゃいけないって。でもな、一辺に二人亡くしてさ。三回忌って言われても。体も気持も未だに鉛のように重くてさ」

ぽたぽた落ちる涙は、拭っても拭っても溢れ出す。

「あの日、俺が車で連れて行ってたら、あんな事にはならなかった。まさか、信号無視でトラックが突っ込んで来るとは……誰が思う? 普通考えないよ。女房と娘は犬を見に行く途中だった。一緒に行けば良かったよ」

 俺はどのくらいここに座っていたのか。辺りはすっかり暮れていた。怠く重い体を奮い立たせ、

「帰るわ。お前うちは? なんて通じるわけないか。じゃ気をつけて帰れよ」

微動だにしないその犬に声をかけて俺は家路を急いだ。

なんで急ぐ必要ある? バカな俺。それよりあの犬如何しただろうか。明日あの場所に行ってみるかなんて俺らしくもない事を考えている。そんな自分が可笑しい。不思議だよ。

 家に着くまで三、四回振り返ったがその犬はいなかった。

 それにしても綺麗な犬だった。

雑種とは違った。どこかで見たことある。何処で?

あっ、昔アニメで「名犬ラッシー」をやっていたのを想い出す。と同時に女房だちが欲しがっていた犬だった事に気付いた。


「パパも知ってるあのラッシー!ご本で読んだやつ!それと同じ犬でお利口なの。飼いたいよぉ」 

「ダメダメ。頼むよ!友美」

「もう、あなたも観念なさいよ」

そんな会話が次から次へと蘇る。

 家に辿り着く頃には、ヘトヘトになっていた。もう飯なんかいらん。ビール飲んで寝るぞ。とその時、

「ワン!ワン!」

うん? 犬の鳴き声? んなことあるか? 気のせい気のせい。

「ウ~ワン!」

俺は転がるように玄関に向かった。

ドアを開けると、さっきの犬が座っている。

「家がわからんか?まあ、とりあえず入れや」

入ることは入ったが、上がらない。

「どうした?」

前足を舐めてる。俺は風呂場からタオルを持ってくると、

「いい子だな。足を綺麗にしてるのか? 拭いてやるからな」 

自然に、当たり前のように足を拭いてやると、やっと上がってきた。

「腹ペコだよな、俺もだ。コンビニ行って来るから、待ってろ」

「ワン!」

俺はチャリを飛ばして、ドッグフードと俺の飯を買って来た。

「ただいまハァハァ」

尻尾をブンブン廻している。

きっと嬉しいんだ。丼には書いてある分量より少し多めに入れてやった。

水も並べて置くと、奴は美味そうに飲んでいる。最初は台所の近くと思っていたが、いざとなると傍に置きたくなる。俺とお前だけたからな。俺の隣にいろ。

食べてる食べてる!良かった。

俺も飯が美味いよ……美味い美味い。

時折俺を見る目が堪らなく優しい。

 水入れが空になり入れてやるとまた飲む飲む。 

余程暑いんだな。

なのに寄り添ってくれるこいつが益々愛しい。

生き物は駄目なはずの俺なのに。

そんなことはどうでも良いんだ。

 さあ寝るぞ! ここに来いよ。 

あ~温もりってこんなだったな。

 暫くすると、ハアハア言いながら足の方から出て行く。

 

 うん? 夢か? 幻? 誰?

ああ~お前か……由佳か。

そんなに舐めるな、犬みたいたぞ。

「夏なの?ここは!」

「いや、もうすぐ春」

「なのにこの暑さっておかしい!」

由佳を抱き顔を見る。

そして俺は呟く。


「この冬の残暑は酷かった」

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