第一章 ~『ドラゴンの卵』~
魔力量は成長曲線と努力の乗算で決まる。前世は才能がなかったが、転生後の身体は申し分ないほどの才気に満ちている。
あとは努力――つまりは魔力を消費すればいい。そうすれば筋肉のように超回復が起こり、魔力の絶対量が増加するのである。
だが魔力は貴重な資源である。無駄に垂れ流すのは勿体ない。
そこで修行を兼ねた小遣い稼ぎのために、リグゼは街へ足を運んでいた。馴染みの商店に顔を出すと、白髪の老婆――エリシャがムスッとした顔で出迎えてくれる。三度の飯より金が好きな商人である。
「いつものかい?」
「ああ」
リグゼは事前に用意していた小型の木箱を取り出す。中にはみっちりと土が詰められていた。
「いくぜ」
彼の魔力が土へと流れ、《錬金》の魔術が発動する。土は輝くような黄金へと変化した。ランクDの高度な術式だが、《零の大賢者》と称された彼なら容易く成し遂げる。
「やっぱり黄金の錬成は大変だな」
金属の中でも黄金だけは、特別に魔力消費量が激しい。だからこそ修行には都合が良かった。
(この調子で魔力を増やしていかないとな)
前世では魔力ゼロだったことがコンプレックスだったこともあり、努力を苦だとも感じていなかった。やればやるほど伸びる才能に感謝する。
「これなら金貨三十枚で買い取るよ」
「重さは測らなくてもいいのか?」
「相手は貴族様さ。信頼しているよ」
予め用意していたのか、金貨の詰まった革袋を差し出す。受け取ると、中身を確認せずに懐に仕舞う。
「確認しないのかい?」
「貴族を騙すような馬鹿な商人なら、取引してないさ」
公爵家はお抱えの領軍を抱えている。怒りを買って、捕縛されるリスクを、この聡い商人が犯すとは思えない。
「だが一回で金貨三十枚では目標金額までは程遠いな」
「大人が一年働いて得る収入分だよ」
「強くなるためにはもっと金がいるんだよ」
金は力になる。人を雇ったり、貴重な魔道具や魔術書を手に入れたりする上で欠かせないからだ。
「なら一獲千金に挑戦してみるかい」
「宝籤か?」
「もっと面白いものさ」
店の奥から箱に詰まった卵を運んでくる。真っ白な卵はダチョウの卵ほどに大きい。
「これはドラゴンの卵さ」
「嘘だろ。ありえない」
ドラゴンの人工的な飼育に成功したという話は聞いたことがないし、あの怪物を人間の手で育てられるとも思わなかった。
「驚くのも無理はないよ。最近、帝国で量産に成功されたばかりだからね。この卵は魔力を流すことで孵化し、主従契約が結ばれる。金さえあれば誰でもドラゴンを使役できる時代がきたのさ」
「なぁ、まさかとは思うが、このドラゴンの卵を開発した奴の名はパノラか?」
「名前までは知らないね。ただ子供の魔術師が発明者だそうだよ」
「なら十中八九、あいつだな」
ドラゴンの卵は前世に存在しなかったアイテムだ。
それが生まれたキッカケは、パノラもまた時間を逆行したからだ。大人の知識を持ったまま、第二の人生をやり直している可能性が高い。
(《召喚》の魔術を応用すれば、他人に主従関係を委譲することもできるのか……)
リグゼもまた《召喚》の術式を扱えるが、パノラの方がキャリアは長い。単純な召喚獣の競い合いではまだ敵わないだろう。
(もし戦力が整えば、アリアを殺しにくるかもしれない。対策を打たないとな)
現在のアリアはまだ子供だ。成長する前に、芽を摘みにくることは十分に考えられる。だからこそリグゼは強くならなければとの決意を強くする。
「この卵から生まれるドラゴンは当然強いんだよな?」
「それがそうでもないのさ。ほとんどがレッサードラゴンという弱小種でね。ゴブリンと同程度の戦力にしかならないよ」
「期待外れだな」
「でも稀にマジックドラゴンが混じっていてね。そちらならオークを軽く捻るくらいの戦力になるさ」
「卵の形状から判別はできないのか?」
「できたら苦労しないよ。なにせマジックドラゴンは金貨一万枚で取引されているからね」
「随分と高額だな……」
「愛玩動物として人気があるからね。その分、確率も低い。的中すれば大金持ちさ」
ドラゴンの卵は一つが金貨三十枚で販売されている。一獲千金の投機目的で買う者もいるのだという。
「よければ試してみるかい?」
「う~ん、どうするかなぁ……」
ドラゴンの卵をジッと眺める。外見で区別はできない。だが彼はある可能性を思いついた。
(もしかして《鑑定》すれば、どんなドラゴンが生まれるか分かるんじゃ……)
《鑑定》は魔術の解析以外にも、物の見極めもできる。試してみると、予感は的中。生まれてくる予定のドラゴンの名前を知ることができた。
(百発百中のギャンブルだ。やらない手はないよな)
箱に詰まったドラゴンの卵を物色し、マジックドラゴンが混じっていないかを確認していく。その結果、目当ての卵を発見する。
「この卵を貰う。購入資金はこれで足りているよな」
買い取り金が詰まった革袋をそのまま返し、卵を抱きかかえる。孵化させるため魔力を流し込むと、卵にヒビが入り、ドラゴンのヒナが顔を出す。
青い鱗のドラゴンの誕生に、エリシャは驚きで目を丸くする。主従契約が結ばれたのか、肩に乗ったドラゴンは甘えるように頬を摺り寄せる。
「豪運だね。一発でマジックドラゴンを引き当てるとは思わなかったよ」
「日頃の行いの結果だな」
愛想笑いを返しながら、マジックドラゴンと目を合わせる。
(念のため《鑑定》で調べておくか)
従えるドラゴンについて知っておいて損はない。
(使用できる魔術はなし。ただし水属性の魔術に適正があるな。これなら成長すればオークくらいなら楽に倒せる)
戦力になると期待しながら、解析を進める。そんな折、衝撃の内容が導きだされる。
(契約主が俺だけじゃない。もう一人、パノラとも結ばれている!)
しかも主従権の優先度はパノラが上だった。そこで彼女の恐るべき戦略を知る。
このドラゴンたちはトロイの木馬なのだ。王国にばら撒いたドラゴンたちは、王国の民によって育てられ、最終的には王国に牙を剥く。
レッサードラゴンはゴブリンと同程度の力しか持たないが、それでも数が揃えば厄介な敵となる。内側の敵に蹂躙され、王国は滅びるだろう。
(恐ろしい敵だ……だが俺に計画を知られたのが運の尽きだったな)
《召喚》の魔術は上書きすることが可能だ。リグゼはマジックドラゴンの頭に触れ、契約者からパノラの名前を排除する。これでドラゴンの主人はリグゼ唯一人となった。
「まさかとは思うけど、卵を見極められるのかい?」
「そうだとしたら?」
「ビジネスチャンスにしようじゃないか」
エリシャは悪巧みを思いついたのか、喉を鳴らして笑う。
「私がドラゴンの卵を買いあさってくるから、その中からマジックドラゴンの卵だけを抜いておくれよ」
「儲けは?」
「折半、いや私は二割でいいよ」
「いいぜ。ただし条件がある。外れのレッサードラゴンを引いた客がいたら、金貨一枚で買い取ってくれ。うちで面倒をみる」
「投機目的で買う客は、レッサードラゴンの世話を嫌がる人も多いからね。無料でも喜ぶはずさ……でもだからこそ教えておくれ。なんのためにドラゴンを集めるんだい?」
「宿敵との闘いのためさ」
パノラがドラゴンを従えるなら、リグゼもまたドラゴンの支配者となる。かき集めたドラゴンの大群を彼女にぶつけてやると、口元に笑みを浮かべるのだった。
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