第一章 ~『アリアに懐かれる』~


 転生してから四年が経過し、リグゼは五歳になった。身長も伸び、容姿も愛らしく成長していた。


「リグゼ様、おはようございます♪」

「おはよう」


「リグゼ様は今日も可愛いですね♪」

「ありがとう」


 廊下を歩いているだけでメイドたちから弾んだ声をかけられる。外見の愛らしさもあるが、漆黒の黒髪と、一歳で魔術を扱える才能に加え、次期領主としての将来性まで約束されている。彼女らが愛嬌を振りまくのも当然だった。


(普通の子供は五歳でも、まだ魔術を使えないからな)


 魔術の平均習得年齢は十歳だ。一歳で習得は前例のない早熟である。さらに魔力量もこの四年間で増加し、上級魔術師の領域へと足を踏み入れた。


 このまま魔力量を増やし続ければ、十歳になる頃には怪物へと成長するだろう。自分の将来が楽しみだと、口元に笑みが浮かぶ。


「本日も勉学に励むとするか」


 イーグル家は公爵なだけあり、屋敷の中に大規模な図書館が用意されている。膨大な蔵書が並ぶ本棚に目移りしながら、目当ての本を探す。


(おおっ、雷魔術の歴史書だ。プレミア付きの貴重な本に巡り合えたぜ)


 珍しい品を手に入れるには金以外に人脈も求められる。


 その点、公爵家は貴族社会や商家と人脈がある。恵まれた環境に感謝しながら、本の内容に目を通していく。


(知識は武器になる。学べる機会は活用しないとな)


 どんな知識でも思わぬことで魔術研究の役に立つことがある。学びが力になると信じて、書物に目を通していく。


「お兄様、ここにいたのですね♪」


 本に集中していると、四歳に成長したアリアから声がかかる。朱色のクリっとした瞳は愛らしさを強調している。だがこの世界で美醜を大きく左右する髪色は透き通るような銀だった。


 アリアは記憶を継承しなかったようで、年相応の無邪気な性格をしている。アーノルドとの悲劇を忘れるために、記憶を消すことを選択したのだろう。


「お兄様、絵本を読んでください」


 騎士とお姫様が描かれた絵本が差し出される。受け取ると、近くの椅子に腰かける。


「おいで」

「はい♪」


 膝をポンポンと叩くと、アリアはその上にちょこんと座る。バタバタと足を揺らす彼女はとても愛らしかった。


「重くないですか?」

「男の子だからな。可愛い妹を膝に乗せたくらいで音を上げるものか」

「お兄様は優しいから大好きです♪」

「俺もさ」


 四年の月日の中でアリアは立派なブラコンへと成長していた。


 これは仕方のない側面もある。不貞の子として生まれたアリアは、屋敷で冷遇されていた。


 さらに銀髪も冷遇に拍車をかける一因となった。父親であるグノムだけでなく、使用人たちも腫れ物を扱うように接するため、唯一、愛情を向けてくれる彼にベッタリとなったのだ。


(アリアには命を救ってもらった恩がある。それに何より大切な家族だ。立派に育てないとな)


 アリアはいずれ世界最強の魔術師へと成長する。前世では王子に依存していたものの、心根の優しい子だった。だが現世でも必ずそうなるかは限らない。力に溺れないように、人間性も育まなくてはならない。


「将来、お兄様と結婚します♪」

「ははは、ありがとうな。だが俺たちは兄妹だからさ」

「でも血は繋がってないと聞きましたよ」

「まぁ、それはそうだが……」


 リグゼは第一婦人とグノムの間の子供だ。一方、アリアは第二婦人と浮気相手の間に生まれた子供であり、血の繋がりはない。だが、だからといって結婚はありえない。


(俺は兄だから、結婚してやることはできない。だからこそ今度こそは優しい男と巡り合って欲しい。少なくともアーノルドとの婚約は阻止せねば)


 親代わりの兄としてアリアを立派な淑女に育て、異性を見極める目を養わせる。二度と同じ悲劇は繰り返させない。


「私、絶対にお兄様と結婚します。だから他の女の人を好きになったら駄目ですからね」

「はいはい」


 適当にあしらうリグゼの態度に、むぅと頬を膨らませる。嫉妬を隠し切れていなかった。


(家族から無視されて、孤独に耐えるために俺に依存しているだけだ。きっと本当の愛を知れば、俺の事なんて忘れる。そんな日が来るはず……だよな?)


 根拠がないため断言できないが、アリアは聡明な子だ。兄弟で結婚できないことはいずれ悟るだろう。


(反抗期がくるまでの間だ。それまでは仲睦まじい兄妹として生きよう)


 絵本を捲り、アリアに読み聞かせてやる。甘えてくる彼女に満更でもないと、二人の時間を楽しむのだった。

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