青春バーガー

ぺらしま

第1話で完結 青春バーガー

肌を刺すような陽射し。

「そこだー!いけー!」

学校の部活動は夏を迎える。

「よっしゃー!ナイッシュー!」

グラウンドでは運動部があちらこちらで所せましと汗を流す。

「せんぱーい!こっちにはちみつ漬けレモンありますよー」

女子マネージャーの貢献と黄色い声援。

「キャー!赤瀬くんかっこいー!」

時に鬼監督がこう話す。

「たるんどるっ!!お前らならもっと早く走れるだろう!」

白線とフェンス、そして校舎から校門まで続く樹々により遮断されたグラウンド、通路を歩き、駐輪場に向かう俺たちとは別世界と思わせるには十分な光景だ。


「なぁ、あれが青春だよ」

「そうだな」

「青春してー」

「したいのか?」

「当たり前だろ、華の高校生だぜ、オレたち」

「それなら部活に入ればいいだろう」

「えー」


中学を卒業してから、同じ高校に入った俺たち。

高校に入って、気づいたらいつも2人でいて、一緒の部活、帰宅部だ。

わかってる、帰宅部なんて部活が本当はないことは2人ともわかってる。


「んー、疲れるのはちょっと、な」

「それじゃ運動できないな」

「身体動かした汗って美しいけど秒でシャワー浴びたい」

「キミは夏場、外に出ない方がいい」

「漫研とかで語りたいけど知識ないぜ」

「マンガを読みたまえ」

「吹奏楽とか女子多そうだけど肺活量ないからなぁ」

「肺活量が必要ない楽器もあるだろうに」

「まぁ、何ていうかチームプレーが苦手だからね」

「まぁ、知ってたけど」

「かといって個人競技の文化部には今更、ね」

「青春とは程遠いところにいるな」

「囲碁将棋とか俺が打てると思うか?」

「まぁ、控えめに言っても正座の時点で無理だろう」

「オレのことわかってるねー」

「ふっ」


そんなやり取りをしながら校門まで辿り着く俺たち。

「よっし、久々にマックでも行こう」

「いや、ボクは行かない」

「は?WHY?なんならおごるよ?」

「家の掟でファストフードを口にしたことがない」

「・・・」

「家の掟でファストフードを口にしたことがない」

「・・・」

「家の」

「あー、わかったわかった」

「おう」

「あれ、オレ結構マック行ってるけどいなかったっけ?」

「中学はそんなに仲良くなかったからな」

その一言で中学時代を思い出す。

お互いに思い出の片隅にしかいないお互いの顔を再認識する。

というかそんなに2人が揃った思い出が無い。

「うん」

「うんじゃない、言ってて切なくなるからな」

「って言うかファストフードって括りでマックを語る学生に初めて会うわ」

「マックはマックってカテゴリってことか?」

「そうだよ、マックのマックによるマック」

「洗脳教育だな」

「よし、マックに行こう」

「京都へ行こうみたいな爽やかな感じで言うな」

「えー、ポテトだけー」

「先っちょだけみたいな言い方するな」

「変態だね、お前」

「キミがな」

学校と家の間は片道、徒歩で1時間、自転車で30分。

午後4時を過ぎてもまだまだ暑い太陽に照らされながら自転車をこぐ俺たち。

風を感じるもののそれ以上に浴びる陽射しにより、汗がじっとりと湧き出る。

「なぁ、食べたいとか思ったことねーの?」

「なんだよ、マックから離れないな」

「マックとは言ってないけども?」

「ちっ」

「まぁ、マックだけどさ、なんか気になってね」

「なんでだよ」

「ガキの頃なんか特に大好きだろ、ハンバーガー」

「今もガキだけどなってツッコミはしないけど、ハンバーガーはボクも好きだ」

「どうやって食べてんだよ」

「家で作ってくれる」

「欧米か」

「ふるっ」

まもなく、2人の分かれ道だ。

珍しく交わす言葉も少なく、どことなくよそよそしい俺たち。

徐々に速度が落ちる自転車、ブレーキはかけていないが、こぐのを止めたからだ。

すると1人がブレーキで自転車を止める、もう1人も合わせて止めた。

「気にはなるかな」

「え?」

「気にはなるって言ったんだ」

「なにを?」

「キモイ前髪からニヤニヤしてる眼が見えてるぞ」

「行くか、マック」

「どこのだよ、ここらへんだとうちは親戚も多いし、無理だからな」

「そうか、うーん」

「ボクには、マックを食べるって言うのは儚い夢なんだ」

「確か泊まりも厳しかったよね」

「あぁ」

「門限とかあったっけ?」

「23時までかな」

「それなら、いけるか」

「いける?」

「夜マックだよ」

「よる、マック」

「行ってないやつにはわからんよね」

「何だよ、夜マックって夜に食べるマックか?」

「NON,朝マック、昼マックは知ってるよな?」

「あぁ、噂程度には」

「朝は別メニュー、昼はお得に、じゃ夜は?」

「夜、、、わからん」

「バーガーの間に肉あるよね」

「あぁ」

「あれが倍」

「な、なに?」

「もう一度言うぜ、肉が、倍」

「1枚が、2枚に」

「YES、そしてビッグマックは元々が2枚だ」

「ビッグマック、話には聞いたことがあるがもしかして、4枚に?」

「そうだ、バンズ肉肉バンズ肉肉バンズの肉4枚だ」

「(ゴクリ)」

「唾を飲み込んだね、負けを認めようか」

「くっ」

「お前の初マック、今日奪ってやるぜ」

「とりあえず家に連絡する」

そそくさと家に連絡をする青年の傍らで、自分のカバンの中をゴソゴソと探る青年。

そして俺たちは夜を待つ。

家での晩飯を断った俺たちは午後7時を回ったあたりで動き出す。

「おい、もう腹が減りすぎて逆に気持ち悪い」

「オレも一緒だ、とりあえず向かおうぜ」

「で、どこのマックに行くんだ」

「3つ隣の●●駅のマック」

「1駅の間隔知ってるか、この田舎の」

「おー、勿論わかってるよ」

「3駅隣って、どっちにいってももう違う町だぞ」

「わかってるよ、だから行くんだろ、誰もオレたちのことがわからない駅にね」

「ボクのこと、考えてくれたのか」

「もちろんだろ。んじゃ、出発、今から出れば9時前には着くはずさ」

そうして俺たちはマックを目指し走り出す。

カエルの鳴き声が聞こえる田んぼを突っ切り、自販機ぐらいしか明かりのない道路を突っ切る。

目の前の真っ暗な道を自転車のライトが道標のように白く照らす、まっすぐに目的地まで運んでくれるかのように。

「はぁはぁ」

「ぜぇぜぇ」

「な、なぁ、なんでこんな全速力で走るんだよ」

「そりゃ、はぁ、腹を極限まで減らせる為だ」

「急に、やる気、だしやがって、ぜぇぜぇ」

「ボクの、初マック、にして、最後に、なるかも、しれないんだ、最高に、美味い状態で、はぁはぁ」

「仕方ねぇ、付き合ってやるぜーーーー」

「マーーーーーーーック」

闇の中、絶叫しながら走る2台の自転車、静かな田舎町に何よりも響くその声。

月の光に照らされた2人、流れる汗はその月光を吸い込むように輝き、滴り落ちる。

目的地はもうすぐそこだ。

「お、おい、見えてきたぞ」

「あぁ、いつもより光り輝いて見える、Mの字が」

「8時半前か、すごいな、流石に疲れたけど」

「この疲れがボクの腹を更に空かす」

「当たり前のことなのに哲学を感じる」

「よし、入口はこっちか」

「そうだ、さぁ、行くか」

「あぁ」

意を決して入口を開くと店内の冷たい空気が押し寄せる。

火照った身体、疲れた肌を癒すように絡む、俺たちの顔は蕩けていただろう。

だが、そんな感情も一瞬で消えるようにあの独特の揚げ油の香りが鼻をくすぐる。

レジを見ると時間帯なのか、エリア性なのか並んでいる人はいなかったのでそのまま進む。

「いらっしゃいませぇ」

「腹が減る匂いしかしないぜ」

「あぁ、そうだな。というかなんだ、この匂いは。この腹の中を強制的に抉るような」

「ご注文はお決まりでしょうか?」

「あ、ちょっと待ってくださいね、おい」

「腹が減って、ほんとに。それにボクの初マックだからな、何がいいか。特別なマックはあるのか、ブツブツ」

「ふ、友よ、これを見たまえ」

「なんだ、ゆ、諭吉さま、だと」

「有無は言わせねぇ。おねぇさん、ハンバーガー、チーズバーガー、てりやきバーガー、フィレオフィッシュにダブルチーズバーガー、最後にビッグマックを一つずつ」

「お、おい」

「言えよ、例のやつを」

「ば、倍で?」

「かしこまりましたー、ハンバーガー、チーズバーガー、てりやきバーガー、フィレオフィッシュ、ダブルチーズバーガー、ビッグマック、夜マックで全て倍ですね。お持ち帰りですか?店内をご利用でしょうか?」

「店内で。あ、それとポテナゲ特大とコーラのLサイズを二つ」

「追加でポテナゲ特大とコーラLサイズが二つですね、それですとポテトドリンクのセットと期間限定価格のナゲット15ピースの方がお得になりますがセットに致しますか?」

「もちろん、それでお願いします。あ、あとポテトとナゲットは出来立てください」

「ボクは、いいのか?」

「今夜、お前の初めてを奪うからな、もちろんオレのおごりだぜ」

片やその端正な顔を歪め、今にも泣きそうになっている黒髪マッシュが良く似合う学生、片や可愛い顔をしているが男前なところ見せて格好つけている少し長めの茶色の髪をなびかせている学生。

そんな2人の会話、その内容に心なしかレジのお姉さんの顔が赤らむ。

「お、お会計が3,460円になります」

「これで」

「一万円からで宜しいですか?」

「うっす」

「一万円入りまーす、6,540円のお返しになります。ドリンクはお渡しいたしますので残りはこちらの番号札をお持ちになり店内でお待ちください」

「はーい」

「くっ、感謝しかない」

俺たちは用意されたドリンクを持ち、レジから離れると店内の席に座る。

ガランとした店内、奥の角の席を陣取った2人。

心無しか、2人ともフワフワしているのが見て取れた。

「ふー、ようやく、ようやくだ、ここに来られた」

「そうだな、オレも何だかドキドキしてきたぜ」

「なぜキミもドキドキするんだ」

「いやだってよ、初マックのお前と3駅隣までチャリで爆走して来てるんだぜ、するだろ、ドキドキ」

「そうか、そう言えばこの駅近くに来るのは初めてかもしれん」

「だろ?まぁ、こうなりゃ2人でソワソワしてようぜ」

「で、どの程度で来るんだ?あれだけの数を注文したんだから少なくとも30分はかかるだろうが」

「チッチッチ、なめちゃいけない」

「なんだよ、こっちはコーラも我慢してるってのに」

そんな話をしているレジ横からひょっこりとお姉さんが顔を出す。

トレイの上には山になったバーガーが見える。

「番号札3番でお待ちの、あ、お待たせしましたぁ」

「あざす」

「い、いくら何でもこの速度は」

「ふふ、これがマックの速度だ、マッハでハンバーガーが出て、それを食う」

「だからマックなのか」

「そう、だからマック」

そんな会話をしていると先ほどのレジ担当のお姉さんが笑顔でトレイを運んできた。

トレイの上には綺麗に並んだ袋詰めのハンバーガーと箱に入ったハンバーガー、出来立てのポテトとナゲット。

それをそっとテーブルに乗せると番号札を手に取ると笑顔を見せる。

「ごゆっくりお過ごしください」

「は、はい、ゆっくり咀嚼します」

「咀嚼ってなんだ」

「食べるってことだ、初マックなのにマッハでなんて食べたくない」

「おー、ゆっくり食べよう」

手を口にあて、ふふふと笑いながら去っていくお姉さんをしり目に、2人はテーブルの上を改めて見る。

香ばしい香りを立ち上げているポテトとナゲット、所狭しと並べられたハンバーガー。

「ここが天国か」

「先に言うな、ボクの台詞だ」

「どれから食べる?」

「うぇ、いや、マナー的にはどれなんだ?」

「考えたことなかったな、風呂に入ったらどこから洗うかって質問に近いぞ」

「そんなに自然な物なのか」

「食べたいものから好きなだけ」

「「いただきます」」

近くにあったバーガー、てりやきバーガーを手に取り、ガサガサと袋を開け、ひと口、そして目を見開く、無言で食べ始める黒髪の青年。

ポテトを恍惚そうに食べ、次いでBBQソースを開封し、ナゲットにソースをたっぷり付けて頬張る青年。

バーガーとコーラ、ポテトとコーラ、ナゲットとコーラ、バーガーとポテト、バーガーとナゲット、組み合わせはあるだけ出来る、まさに無限大。


「う」

「う?」

「うま、すぎる」

「だろ?」

「なんだこれ、やばいものでも入ってるのか?」

「そんなもん入ってねーよ、これがマックの実力だ」

「バーガーは勿論だけどポテトも、ナゲットも、後引くなんてレベルじゃない」

「まぁ、中毒性はあるな」

「コーラも、なんだ、この相性の良さは」

「うん、だから中毒性」

「デザートもあるみたいだな」

「とりあえずここにあるの食ってくれ」

そういうとまたトレイに乗っているバーガー類を食べ始める。

結果、2人でトレイの上を全て平らげるまで30分もかからなかった。

腹も膨れ、ぼーっと中空を見ながら至福の時を過ごす2人。

ただ、時間は午後9時を回っている。

門限まであと2時間を切っていた。

「あ、やば、そろそろ帰るか」

「お、おう」

「元々の時間配分ミスったな」

「ボクもそうは思ったがとにかくうまかったからよしとしよう」

「何か、上からだな」

「ふっふ、すまん、ご馳走様でした」

そのあとレジのお姉さんに美味しかったですと声をかけ、外に停めた自転車に乗る。

満腹になった腹をさすりながら帰るまでの道のりを思い返すと、来た時の半分以下の速度で走りだす2人。

「帰りが辛いな」

「まぁ、あれだけ食ったからな、食後の運動と思えばいいじゃん」

「キミからちゃんとした使い方の運動ってワードが出るなんて」

「あ、ちゃんと使っちゃった」

「ふふ、楽しいな」

「あぁ、楽しい」

ゆっくりと、夜の風を感じながら帰路につく。

緑の香りが揚げ油を洗い流すように2人を包む。

行きとは違い、自転車を漕ぎながら会話も少なく、ゆっくりと進む。

その会話の少なさは満足感から来るものだとどちらもわかっていた。

午後11時に近づいた頃、家の近くまで辿り着いた2人。

門限には間に合うと時計を見て安心する。

お互いの家に向かう、分かれ道に着くとどちらともなく自転車が止まった。

「今日は付き合ってくれてありがとう」

「うん?当たり前だろ、俺も行きたかったから気にすんな」

「また、行ってくれるかい?」

「もちろんだろ」

「次は、ボクがご馳走しよう」

「そうだな、蟹と鰻と寿司と」

「よし、またマックにしよう」

「ふふ、あぁ、そうだな、またマックで」

お互いに笑い合いながらグータッチをすると自然と別れ、自転車をこぎ出す。

笑顔を絶やさず、家路に向かう2人を満天の星空が見守っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

青春バーガー ぺらしま @kazu0327

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ