第34話 春眠と暁と

 アラームので意識が戻る。

 ここは縁側えんがわ

 そこに男は座って足を外に放り出している。

 ひざ元にはキジトラの猫が箱座りしている。


 手のひらに置かれたスマホの上では、ホログラフのように映し出されている少女。

 桜色の髪に、白いレースのワンピースを着た姿は、少女というより妖精に近い。

 スマホから流れるアラームのに併せて、妖精はワルツを踊りだす。


 その姿につられ、鼻歌でアラーム音を真似る男。

 すると、スマホの上を飛び立ち、男を中心に円を描くようにワルツを踊りだす妖精。


 キジトラも男の鼻歌に乗っかるように鳴き出した。

 すると、男とキジトラの周りで舞い始める妖精。


 アラームの音、男の鼻歌、キジトラの鳴き声。

 合唱アンサンブルの周りを楽しそうに踊る妖精。


 不意に風が吹くと、小さなハンドベルのが聞こえてくる。

 音色ねいろ出処もとに目を移すと、開花間近の山桜が立っている。

 どうやら、あの蕾一つ一つが小さなハンドベルのようだ。


 早春の空にたたずむさまは、花も葉もなく、少々寂しくも感じた。


 風が吹くたびに、ハンドベルの音色ねいろは届くが、それは風のいたずらでしかない。

 しかし、妖精は山桜に向かいたがっているように踊っている。


 ふと、ある事を思いつく男。


 アラームの音色ねいろが流れる。

 二小節の流れ出したところで、鼻歌で一小節目を重ねる。

 キジトラが不思議そうな顔でこちらを見上げてきたので、ウィンクをしてやる。

「なぁ~~~。」

 了解と答えたのだろうか、二回めのアラームの音色が始まると、彼も乗ってきた。


 アラームの音色ねいろ

 一小節遅れて、男の鼻歌。

 さらに一小節遅れて、キジトラの鳴き声。


 そう、輪唱フーガだ。


 輪唱フーガが始まると、妖精の踊りの輪が広がり始める。

 すると、風もいたずら心をくすぐられたのか、輪唱フーガに乗ってくる。


 アラームの音色。

 男の鼻歌。

 キジトラの鳴き声。

 そして、山桜のハンドベル。


 四連の輪唱フーガに乗って、妖精が山桜の周りでもワルツを踊り始める。


 風は、面白くってしょうがないらしい。

 山桜の蕾ハンドベルを使って、輪唱フーガ合唱アンサンブルかなで始める。


 その頃には、アラームの音も遠退き、男もキジトラもだんまりを決め込んだ。


 山桜の蕾ハンドベル輪唱フーガ合唱アンサンブルを受け、山桜の周りを優雅に舞う妖精。

 やがて、山桜のいただきまで来た妖精が、ポンッ!と輝いて姿を消す。


 光の残り香が山桜を下り始めると…


 見よ!

 光が触ったところから、蕾がどんどん開花していく。


 瞬く間に満開を迎える山桜。

 八重の花々を束ねたその姿は、さながら桜色の髪に、桜色のドレスを纏った花の女王のようである。


「そうか、あの子は、女王だったのか…」

 八重咲きの花びらは、さながらレースのような装飾にも見えてくる。


 この桜は、住宅を建てたおりに記念樹として植えたもの。

 昨年、隣家とのイザコザで止む無く切り倒してしまったもの。


 そして、男の座っているこの縁側えんがわは、遠い昔に訪れていた祖父母の家のもの。

 祖父母の家は既に無く、そこにはマンションが立っている。


 突然、一陣の強い風が吹き抜け、桜色の竜巻が巻き起こると…。


 ふと、意識が戻る男。

 相変わらずアラームの鳴っているスマホ。

「げっ!

 7時だぁ~~!

 遅刻するぅぅ~~!」

 スマホを布団に放り投げ、慌てて洗面所へ向かう男。


 アラームの鳴り止んだスマホの画面には、あの妖精がキジトラ猫を従えて、ワルツを踊っていた。



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 今回の小話は、第4回空色杯 参加作品です。

 が、まぁ、男にもこんな感傷的おセンチな一面があるのだと…。

 無理があるかなぁ(笑)


 ちなみに、アラームの音というのが、当該イベントのキーとなっております。

 ご興味ある方は、こちらを参照頂ければ、幸いです。


 https://twitter.com/sora_senden_777

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