第13話 エルメ

「……もう来たか」

 白髪の老人、修復士のトップである総監グスターは修復記録帳を持って現れたローレルを見て目を細めた。

 

「なぜ新人のカインに今回の仕事を?」

 もっと簡単な仕事からではないのかと、弟子のために詰め寄るローレル。

 総監グスターは嬉しそうに微笑んだ。


「理由は三つ。一つ目は優秀な指導者。異変に気づき、すぐに調べ、真実に辿り着くまでの速さ」

 もしカインが危なければすぐにでも助けに行くのだろう? と総監グスターは口の端を上げる。


「二つ目は優秀な新人。カインの養成学校での成績は聞いているか?」

「えぇ。今年の卒業生の中で一番優秀な生徒だと」

 ローレルが答えると総監グスターは頷いた。


「歴代で、だがな」

 総監グスターの言葉にローレルは目を見開いた。


「三つ目はカインの祖父が望んだということ」

 囚われた修復士達を助けてほしいと依頼があったことを総監グスターは告げた。


「……修復士……達?」

「囚われているのは修復士フィオナと助けに行った友人のエルメ、そしてエルメの師匠ハリウス」

 王女フィオナ、侍女エルメ、騎士ハリウスの三人だ。


「ずっと原因がわからず、あの本はお蔵入りにしていた」

「なぜ彼らはすぐに撤退しなかったのですか?」

 無理だと思った時点で戻ればよかったとローレルが言うと、戻れなかった理由もわからないのだと総監グスターは言った。


「では尚の事、新人をそんな危険な所に行かせなくても!」

「……カインだからだ」

 一つの可能性に囚われず、多角的に物事を捉える思考力。

 柔軟性、客観的な事実として分析する能力、責任感の強さ。

 そして一番の強みは圧倒的な戦闘センスだと総監グスターは説明した。


「……戦闘……?」

 修復士は自分が武器を持って戦うことはない。

 物語を書き換え、騎士になることはあっても実際には戦闘には参加しない。

 戦わなくても「戦いに勝ちました」と一文書き加えるだけで済むからだ。

 

「カインが救えなければ、もう彼らは永遠に出て来られないだろう」

 総監グスターはローレルの持ってきた60年前の修復記録帳を手で撫でながらグレーの眼を伏せた。


    ◇


 これで自分が標的になった。

 カインはリチャードの執務室の窓から空を眺めながら今までのことを思い返していた。


 故障の原因の一つは『蜘蛛』。


 はじめて補佐官として物語に入った時、何度も目が合う騎士ハリウスと逆に全く目が合わない騎士ルイージが気になり、フィオナ付きの侍女エルメも少し様子がおかしいと思った。


 蜘蛛の糸をつけていた宰相の息子セドリックと騎士ワイズ。

 この二人は蜘蛛が操っていると考えて良いだろう。


 ルダー国へ行ったのは侍女エルメ、宰相の息子セドリック、騎士ルイージ。


 侍女エルメはルダー行きの馬車にフィオナと一緒に乗っていた。

 蜘蛛が一緒に崖から落ちるだろうか……?

 そう考えればエルメは蜘蛛には操られていない。


 フィオナを殺した人物は騎士ワイズ、宰相の娘、盗賊、ルダー国の公爵令嬢、見習い料理人、そしてリチャード。


 リチャード以外は蜘蛛に操られ、フィオナの命を奪った。

 リチャードは性格が毎回違うため、操られたのではなく本人が残虐な性格だっただけだろう。


 この他は階段から落ちたとき、大災害、病死、魔女狩り、戦争でフィオナは亡くなっている。

 魔女狩りと戦争は人を操ればいいし、階段は糸でも引っ掻ければいい。

 病死もそう見せかけただけで人的な操作は可能だ。


 だが、大災害だけは蜘蛛の力ではどうにもならない気がする。

 蜘蛛というよりも、物語を消す『本の虫』なら可能だろう。


 山を消してしまえばいいのだ。

 道を消して崖から落とす、塔から落とすことも本の虫なら可能。


 もし蜘蛛だけでなく本の虫もいるのなら。

 敵が二匹だとしたら、すべてがつながる。


 繰り返す物語の記憶を持つフィオナ。

 カインの予想が正しければ、侍女エルメと騎士ハリウスもフィオナと同じように繰り返す物語の記憶を持っているだろう。


 そしてハリウスの正体はおそらくあの人。

 修復総監グスターに似ているのも納得できる。


 確認してみるか。

 カインは澄み渡った青い空を眺めながら、大きく息を吐いた。



「リチャード様、新しい茶葉を頂いてきます」

 紅茶の缶を持ちながら扉を出て行こうとするカインにリチャードは一人になるなと忠告した。

 リチャードは優しい王子。

 真面目で努力家な彼はきっと立派な国王になるだろう。


 紅茶の缶を持ちながら長い廊下を進む。

 階段を降り、角を曲がり、カインは王宮の食品庫へ向かった。


「手伝いましょうか?」

 カインは廊下で箱を抱えたフィオナ付きの侍女エルメに声をかけた。


「重たいでしょう?」

 カインはエルメの手からヒョイと箱を取り上げる。


「フィーは甘いクッキーが好きですがこれは気に入らなかったのですか?」

「……ルダー国からの贈り物なのですが、いらないから食品庫に。と」

 エルメの言葉に、カインはそうですかと答えた。


「フィーはピンクと青、どちらが好きでしょうか?」

「以前、青だと言っていました」

「では、今度青色のリボンのついた甘いクッキーを買ってきますね」

 雑談をしながらエルメと食品庫へ向かう。

 

 青が好きだと言ったのは八回目の死ぬ間際のことだろうか?

 そんなことは聞けないけれど。


「フィーは背が高い男は好きでしょうか?」

 少しフィオナと身長差がありすぎるでしょうかとカインが尋ねると侍女エルメは笑った。


「姫様はカイン様をお慕いしていますので、身長は関係ないかと思います」

「それを聞いて安心しました」

「ルダー国の王子と私、どちらが背が高いでしょうか?」

「カイン様の方が……」

 途中まで言いかけたエルメはハッと気づいた。


 この物語では侍女エルメはまだルダー国の王子に会っていないのだ。


「その、カイン様ほど高い方は、そんなにいないですし」

 焦るエルメを気にすることなく、カインは食品庫に入ると棚に箱を置いた。


「そうですね。私は195cmあるので騎士よりも高いです。背だけならルダー国の王子に勝てそうです」

 一つでも勝てる物があって良かったと微笑むカインを見たエルメは、ホッと胸を撫でおろした。

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