第10話 十一回目
時の修復士カインの師匠ローレルは『修復中』の札がついたウセキ国物語の本を持ち、過去の修復記録が保管された倉庫に入った。
薄暗い倉庫に明かりをつけ、倉庫の奥へと進む。
カーテンが閉まった窓際のテーブルまで歩くと、ローレルは本を確認した。
ウセキ国物語の物語は現在リチャードが三歳。
フィオナ姫が十六歳になるまではカインに任せておけば大丈夫だろう。
小さなテーブルに何気なく本を立たせると黒っぽいザラザラした粒が本の間から落ちた。
「……これは」
黒い粒は『本を食べる虫』のフン。
ローレルは目を見開いた。
本を捲り、ページを確認するが破れや穴は確認できない。
本を逆さにしてみたが、黒い粒もそれ以上は出てこなかった。
茶色の虫の本体も見つけることができない。
虫はもう退治されたあとなのだろうか?
蜘蛛、本の虫。
この本には最低二匹いるのだ。
「カイン、気をつけろ」
ローレルはまずこの本の修復履歴を調べることにした。
◇
真っ黒なカラスの姿のカインはウセキ国の上空を飛んだ。
スタートに戻った街。
丘の上に建てられたよくある普通の王宮。
街並みは赤茶色の屋根が多く、石畳のメイン道路以外は入り組んだ細い道。
ごく普通の街は最初と何も変わっていない。
変わるのは王子リチャードの性格、そして王女フィオナの行動。
あとはその二人の違いに引っ張られた変化だろう。
二人が変わるので物語の変化が複雑になってしまっている。
少し低めの位置を飛んでみたが、やはり蜘蛛の巣は見つけることはできない。
カラスの姿のカインは大きく羽ばたき、王宮へと向かった。
十一回目。
王宮の窓から中を覗くと、優しい王子リチャードの姿が見えた。
生まれたばかりのフィオナをとても可愛がっている。
今度こそフィオナを救い、リチャードを救い、物語を修復してみせる。
カインは物語を早送りさせ、再び十三歳のリチャードの補佐官となった。
カインがいる。
柱の影から覗いたフィオナは今日から現れたカインを眺めた。
まだ十三歳の若いカインだ。
「フィー? どうした?」
「フィオナ姫、かくれんぼですか?」
くすくす笑いながら柱を覗き込む金髪のリチャードと、スッとフィオナの横に膝をつく黒髪のカイン。
「……カイン!」
泣きそうな顔でカインに抱きつくフィオナにリチャードは驚いた。
あぁ、今回も記憶があるようだ。
カインはまだ七歳のフィオナを抱きしめ、守りきれずにすみませんでしたと囁いた。
「……お前達、いつの間に」
そんなに仲が良かったか? と驚くリチャードに「フィオナと婚約したい」とカインは頼んだ。
毒入りの緑のスープ事件もクリア。
リーネ川の氾濫もクリア。
ワイズは騎士試験に受からなかったので、盗賊に。
リチャードの婚約者は宰相の娘はダメ。
隣国のピンクが似合う優しい姫に。
ここまでは順調。
問題はここからだ。
十六歳になるとルダー国の第一王子から求婚される。
「だからルダー国の第一王子よりも先に、私と結婚しましょう」
「……は?」
真面目な顔でおかしいことを言い出したカインに、十五歳のフィオナは戸惑った。
「け、け、け、結婚っ?」
「私のことは嫌いですか?」
「き、きらいじゃ、ない、です」
むしろ好きです!
「私と結婚はイヤですか?」
「えっ! い、いやじゃ、ない、ほ、本当に、結婚……? 結婚って、あの結婚?」
「初めて会った時が九年、前回も九年、そして今は八年目の婚約者です。そろそろ夫婦になりたいのですが」
前回、婚約者ではなくなったときにツラかったこと、幸せになってくれると思って送り出したルダー国で亡くなってしまい後悔したこと、また会えた時に今度はずっと婚約者でいたいと思ったことを真っ赤な顔で告げるカイン。
フィオナは嬉しそうに微笑んだ。
実際には物語を早送りしているので二十六年もフィオナと過ごしていない。
だが七歳から十六歳の美少女に成長していく姿を何度も見ている。
リチャードを庇って自分が死んでしまうくらい優しいフィオナを守ってあげたいし、幸せにしたいと思ってしまった。
それがたとえ物語の中だけだとしても。
とんとん拍子で結婚の話は進み、フィオナが十六歳になったらすぐに結婚することが決まった。
国王陛下の許可も頂き、日程も決まり、ドレスなどの準備も進む。
結婚してもフィオナとカインは王宮に住むことになった。
カインは第一王子リチャードの補佐官、未来の宰相だ。
カインも王宮に居た方が都合が良いからと国王陛下が新居を王宮内に。と言ってくださった。
娘と離れたくないだけかもしれないが。
「今度こそ守ります」
カインに元婚約者はいない。
新居は王宮内なので、盗賊が来る心配はない。
リチャードにはリーネ川の氾濫を抑えた功績がありクーデターは起きにくい。
残る心配は戦争のみ。
万が一、ルダー国がフィオナを希望し戦争を仕掛けてきても、カインが今回書き加えた設定が役に立つだろう。
今度こそフィオナを救い、この物語の修復を完了させてみせる。
カインは黒い眼を細めて微笑むと、十五歳のフィオナにそっと触れるだけの口づけをした。
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