囚ワレ姫と物語修復士

和泉

第1話 初仕事

「この物語を直しなさい」

 物語修復士カインに与えられた初めての仕事は古書の修復だった。


 本の中は一つの世界。

 紙の破れ、背から離れたページ、水濡れ、くっつき、本の虫。

 本に異常が起きると物語が進まなくなってしまう。

 それを修復し、物語を無事に終わらせるのが「物語修復士」の仕事だ。


「そろそろ白紙に戻る」

 師匠の言う通り、その物語の冒頭「昔むかし、あるところに……」の文字が消えた。


『ウセキ国物語』


 カインは古書を手に取り、本のタイトルとあらすじにサッと目を通す。

 第一王子が生まれた時からスタート。

 結婚し、国王になり、平和な良い国が続きましたという定番の百年物語だ。

 ページを捲ると、王宮のイラストが目に入る。

 丘の上に建てられたよくある普通の王宮。

 三ページ目から本文が始まり、五ページ以降はまだ白紙だった。

 一行ずつ現れる文章。

 あっという間に五ページ目は埋まり、六ページ目に。


 パラパラめくってみたが、破れや水濡れは見当たらない。

 古い本だが比較的状態は良く、多少の日焼けが気になるくらいで大きな問題はなさそうだった。


「原因を見つけて、助けなさい」

「はい、師匠」

 書籍名、書籍番号、日時、修復士の欄に記載し、カインは修復記録帳を閉じた。


 『修復中』の札がついたゴムを引き出しから取り、本にゴムを通す。

 修復資格証を腰袋から取り出し、ついでに持ち物の確認もした。


「修復士カイン、物語に入ります」

 修復資格証を翳しながら言葉を唱えると、音もなく一瞬のうちにカインの姿が消える。


「いってらっしゃい、カイン」

 初仕事、頑張れ。

 師匠ローレルは椅子に座ると、ウセキ国物語の表紙をそっと捲った。


    ◇


 真っ黒なカラスの姿になったカインはウセキ国の上空を飛んだ。

 イラスト通り、丘の上に建てられたよくある普通の王宮。

 街並みは赤茶色の屋根が多く、石畳のメイン道路以外は入り組んだ細い道。

 ごく普通の街だ。

 カインは真っ黒なカラスの姿のまま王宮の窓から様子を伺った。


 この物語はウセキ国第一王子が主人公。

 五歳、六歳と年齢を重ねていく王子。

 妹が生まれたが塔に閉じ込められ、食事もろくに与えられず亡くなった。

 王子は優柔不断で大臣たちの言いなりだ。

 勧められるまま宰相の娘と婚約したが、宰相の娘の元恋人の騎士に斬られて亡くなってしまった。


 世界が一瞬真っ白に。

 物語が白紙に戻ってしまったのだ。

 物語の分岐点はどこだったのだろうか?

 原因がわからなかったカインはカラスの姿のまま首を傾げた。



 第一王子が誕生する場面からの再スタート。


「さっきと話が違う」

 大人しい王子だったはずだが今度は冷酷な王子。

 十六歳になった妹を殺し、非道な王子と恐れられた。

 四十歳で国王になったが四十二歳でクーデター。

 そして世界は真っ白になり、物語は白紙に戻った。



 三回目のストーリーは再び優しい王子。

 仲の良い兄妹。

 今度は順調だろうと思ったが未曾有の大災害で亡くなってしまった。

 四回目のストーリーは野心家な王子、他国との戦争により五十二歳で死去。


「原因がわからない」

 なぜ毎回ストーリーが違うのか。

 カインは呆然とした。


 師匠と練習した時は、基本のストーリーは同じ。

 分岐点となる選択肢を間違えなければうまくいくものばかりだった。

 こんなに全く違うストーリーになるパターンは修復したことがない。


「どういうことだ?」

 カインに悩む時間はない。


 世界は再び真っ白に。

 物語は白紙に戻った—―。

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