第5話 19歳の秋、金髪を丸刈りにしたい願望


「おっ、ジュシュじゃん。明日お人形とりに行くから、準備しとけよ!」


 道で行き合ったゲレヒがジュシュを見かけて声をかけてきた。

 スラリと細長く成長した手足で、ブワサとじまんの金髪をかきあげる。

 あまり大げさにかきあげるので、まだ暑い陽気のせいか汗が散ってきらめく。


 暑そうですね、暑いならその髪を丸刈りにしてさしあげましょうか、とイヤミを発しそうになる自分をなんとか制して、ジュシュはせめて通常の顔をつくる。


「うん、はい、よろしくおねがいします」


「いいか、最低35個だぞ! 1個でも欠けてたら引きとってやらんからな」


「……わかってるよ」


 ジュシュは結局、眉間みけんのシワがイヤそうに集合するのをおさえることができないままこたえた。


 18歳のときにおたがい家業を引き継ぎ、ジュシュはじいちゃんから教えてもらった木彫りの人形づくりを、ゲレヒはどこか島外へ行っての売買をいとなんでいた。


 自分の、なんの腹の足しにもならない人形を、買ってくれるのもどこかで売ってきてくれるのもゲレヒだけなので、いっそヘコヘコとへりくだって、愛想よく接したほうがきっと商売はスムーズに行くのだろう、と思うことがある。


 あるのだが、小さなころからバカにされつづけた記憶はどうしてもぬぐうことができず、うまく感情のコントロールができない。


 ゲレヒはジュシュのその不満げな声を耳ざとく聞きつけ、「あぁ~ん?」と肩を組んできた。


「ジュシュちゃ~ん? 狩りもできない、畑もたがやせない、なにひとつ生活に必要なものを生み出すことができないジュシュちゃんの、手なぐさみでつくったようなお人形をど~にか、苦しい苦しい思いをして買ってあげてるのはだれですか。このスペシャルなゲレヒさんでしょう? 『かしこまりました。いつもありがとうございます。むしろ40個つくりましたので30個の金額でおおさめください』ぐらい言ってもバチはあたらんのじゃないのぉ~?」


「……どさくさにまぎれてなに言ってんのよ!」


 なにか言いかえさなくてはとうつむいてことばを探していると、背後から怒声がひびいたのでおどろいて振り返る。

 そこにはしなやかにのびた人さし指をつき出すリシューカがいた。


「アンタだって商売のタネになってんだから、どっちが上みたいなのはないはずでしょ! ジュシュの人形を、ほしいって言ってくれる人たちがいて、それをとどけてるのがアンタってだけなんだから、ジュシュもアンタもいい仕事したねで終わればいいじゃないの。恩着せがましいにもほどがあるわ」


「お~こわ。そうは言ってもねぇ、麦のひと粒、スープをすくうなめらかな木のさじ、ていねいに織りあげた薄紅うすくれないの服、そういう生活に必要なものとそうでないものは重みってもんがちがうんだよなぁ。おれにとっちゃジュシュちゃんのお人形は商品のひとつでしかないのよ。しかしまあ、むかしはピィピィ泣いてるだけだったリシューカちゃんがこんなになるとはねぇ。神さまだって思わない」


「あんたにこの黒髪をなんどもバカにされたの、私ゃまったくわすれてないからね」


 ふたりでギャーギャーとやりあうのを、ジュシュははたで見ていることしかできなかった。


 リシューカとふたりで村のオババさまに呼ばれたので、待ちあわせをしてむかうところだった。


 ゲレヒがリシューカの剣幕から軽快に逃げ去ったので、ふたりで歩いていると、リシューカはすれちがう村のみんなからつぎつぎに声をかけられる。

 にこやかに手を振ってこたえるリシューカ。


 この何年かで、リシューカはおどろくほど美しく成長した。


 目を向けずにはいられないひとみの大きなひとみは、宝石を思わせて、笑うと無限のかがやきを放つ。

 肩の下までのびた黒髪はつやがあり、歩くたびにゆれて、つつましやかな花が背後で咲きみだれるようにリシューカをいろどる。

 むかしのように、「黒髪はのろいに好かれる」なんてバカにする人間はだれもいなくなった。


 あのときバカにしていた男の子のひとりでさえ、「あっ、リシューカさんこんちは。自分、荷物もちますよ」なんてすり寄ってくる始末だ。


 そうしたあからさまな変化を一蹴するリシューカの対応は、見ていて小気味よくもあるけれど、反対に「なにもできない」ことが成長するにつれどんどんとあらわになっていく自分がみじめにも思えた。


 畑をたがやせば、魔道具のクワもつかえず、10歳のお手伝いで来ている女の子より作業が遅い。

 狩りにいけば、一日中歩きまわっても獲物を見つけることさえできない。

 釣りをしても、エサがはずれていることに気づかず、6時間もただ糸をたらすだけで無為におわる。


 

 ということが、ただ、自分の人間としての不能が、何度も、頭をなぐりつけるような強烈さで自己嫌悪を植えこんでゆく。


「おまえも、おまえのお人形も、島には必要ないんだ」という自分の声が、自分をあざける声が、頭の奥で鳴りひびいてやまない。


「――ジュシュ? ついたよ」


 リシューカの端正な顔が、とつぜんすぐ目のまえにあらわれて心臓が破裂しそうになった。


「ほわぁ!」


「あはは! びっくりしすぎ。どしたのボーっとして」


「あ、いや、ちょっと考えごとしてて……」


「ちょっといっしょに深呼吸して、そうそう。オババさま、耳がとおくなってきてるんだから、おなかにチカラ入れて声出さないと『ふぇ?』って幼女みたいな声出されちゃうからね。さ、行こう」


 リシューカにそっと背なかを押されて、オババさまの家へ入る。

 ずんぐりとした体型のオババさまは、「ん」と重そうなまぶたをあげてふたりをとらえると、また目を閉じてもにゃもにゃと話しはじめた。


 ――最近、神さまのようすがおかしい。


 お供えものをとりかえに行くと、こちらを見もせずブツブツとなにかひとりごとをしゃべっている。


 以前はおいしそうに食べていた果物にも手をつけず、「毒がありやがる」とボソリと言うのを聞いた者もいる。


 こんなのはいままでなかったことで、いま過去の伝承を調べさせているところだ。


「あんたたち、なにか、気づいたことはないかぇ?」


 とオババさまから聞かれ、ジュシュはリシューカと顔を見合わせる。


 小さいころにたすけてもらってから、ごあいさつに行くとときどきは話してくれることがあったが、つい先日ふたりで神さまのところへ行ったときのことだった。


「なぁ、おまえたちも見ただろ!?」


 見たことのない、怒った顔をして、ツバをとばすようないきおいで神さまが話しかけてきた。


「女神のやろうが、とつぜんズカズカとうちの島に入りこんできてよぉ、何人かの村人と家をっていっちまいやがった! なぁ、見ただろ!?」


 ジュシュは、リシューカと困惑を浮かべてなにもこたえられずにいた。

 見ただろうと言われても、そんな記憶はまったくない。女神というのがだれのことかもわからない。


 すると、ふたりの反応に神さまも一瞬とまどいながら、つづける。


「おまえたちが来てたときだよ! ほら、目のまえで、わしが見ているまえでズカズカと入ってきて、盗っていっただろ!? 手のうえに村人を浮かべたまま、ニヤッとわしを見て笑いやがった。わしの島を、ぜんぶ、うばっちまう気なんだ! おまえたち、島から出るんじゃねぇぞ。わしの目がとどかなくなっちまうからな」


 憤激している神さまに、話を合わせるようにうなずくことしかできず、ふたりは同じことをくりかえす神さまの話をしばらく聞いた。


 そうした話をオババさまにしたところ、「ふぅむ」とあごに手をあてて考え込む。


「なにか、前ぶれじゃないといいんだけどね。そういえば、あたしがこどものとき、若いお兄ちゃんみたいな人が神さまの横にいた時期があったんだよ。でも、何年かしたらいなくなっててねぇ。『あの方がつぎの神さまじゃないか』って、村の大人はウワサしていたもんだけど。あとつぎに失敗してしまわれたのかねぇ」


 空気を噛みながらしゃべるような、ゆっくりとしたオババさまのことばを、ふたりはかしこまって聞く。


「まぁ、神さまのせかいの話だし、きっといいようにしてくださるだろう。それまでは、なにごともないようお祈りしておこう。あんたたち、こんどからなにかあったら、すぐにあたしに知らせんさい」


 神妙にうなずいていると、家のそとからバタバタとだれかが走ってくる音がした。

 みなでドアのほうを見ると、強いいきおいでバタンとひらかれて、ジュシュのとなりの家のケルタおじさんが青い顔で入ってきた。


「ジュシュ、いるか! おまえのじいちゃんが倒れちまった。すぐ来い!」

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