ひこうきぐも

よしだぶんぺい

第1話



休日の昼下がり。


親子三人で、近所の公園を逍遥していた。


あ!


そんな中、奥さんがふいに、声を上げた。チラリ目をくれる。立ち止まって、頭上を見上げている。


ぼくも、彼女の視線の行方を眼で追った。


見ると、抜けるような空の青さに、白い、一筋のひこうきぐも。


「あれ、何?」


小学五年の息子が、奥さんに訊く。


「あれはねえ……」


奥さんが首をかしげる。


「……うんとねえ」


わずかな間のあとで、奥さんが口を開いた。


「ご褒美、そう、ご褒美よ、うん」


自分で言って、自分でうなずいている。


「え、ごほうび?」


息子が、けげんそうな顔で奥さんを見る。


「そうだよ。空を見上げてくれた人へのご褒美。下を向いていたら、気づかないでしょ」


「え、あ、うん……」


「空の青さの上に、白い筋が真っ直ぐにのびてるでしょ」


「うん」


「これはね、くよくよしてないで、上を向いてまっすぐに歩こうって。そしたら、いい事があるぞって。そういうメッセージ。これは、それを教えてくれる、そんな素敵なご褒美なの」


「へえ、そっか」


上を向いていた息子の頬が、ちょっぴりゆるんだ。


そのままの表情で、じっと、ひこうきぐもを見つめている。


するとそのとき、奥さんが、息子に気づかれないように、そっとぼくを見た。


奥さんの唇が、ゆっくりと動く。


う、そ、も、ほ、う、べ、ん。


嘘も方便ーーなるほどね。


奥さんが、片目をつぶる。


ぼくも、笑顔でうなづいて見せる。


息子は最近、友達と喧嘩をしたとかで、かなり落ち込んでいた。


彼女はそこで、こんなことばを紡ぐことで、息子を励ましたらしい。


何をやらしても、如才なく振る舞える奥さんだ。


ぼくには、もったいないくらいの……。




おしまい


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ひこうきぐも よしだぶんぺい @03114885

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る