第13話 贈り物【アルフレート】

 アルフレートは学園の授業を終えて、足早に公爵邸へと帰宅した。放課後は聖女カタリーナに拘束されることも多いが、ここ最近は勉強を教えろとか相談にのってほしいとか面倒な事は言ってこない。アルフレートがクラウディアの件で苛立ちを隠せていないため遠慮しているのだろうか。他に変わった行動はないが、事件の黒幕の可能性もあるので警戒は必要だろう。


 それよりアルフレートが気にすべきなのは王族の面々だ。動機の面からも王女ユリアや側妃は黒幕の最有力候補だろう。王宮がクラウディアの失踪を隠している点から彼女の実父である国王も怪しい。ただ、王宮は警備が厳しく調査は思うように出来ていない。


 いずれにしろ、クラウディアの安全を保つことが最優先だ。



 アルフレートは屋敷に着くとすぐにクラウディアの部屋に向かった。階段を上がったところで、廊下を歩いてきたクラウディアと出くわす。


「クラウディア、ただいま」


「すぐにわたくしの部屋に来なさい。話があるの」


 クラウディアは挨拶もせずに捲し立てるように言った。自分を大きく見せるように腕を組んでいるが今にも泣きそうだ。その後ろでは、リタが心配そうに背中を支えている。


 不安なことがあるときほど尊大になる癖は止めたほうが良いと思う。いつも潤んだ瞳で見上げられて注意できたことはないが……


「どうした? 話なら聞くが……体調は平気なのか?」


 アルフレートは今日も指摘できずにクラウディアを抱き上げる。嫌そうな顔をする割にピッタリとくっついてくるから可愛い。


「早く部屋に連れていきなさい。わたくしの話が先よ」


「食欲もおありなので、心配する必要はないとお医者様が仰っていました」


 涙目のままムスッとするクラウディアの代わりにリタが説明する。アルフレートはクラウディアの要望通り部屋に向かいながら、リタに詳細を求めた。


「しばらく休息が必要とのことですが、栄養不足であること以外に大きな問題はないようです。かなり時間をかけて診察して下さいました」


 リタは言及しないが荒れた肌も手当てされている。クラウディアが隠そうとしているので、その意志を尊重したのだろう。


「問題なしか……良かったな」


 問題がないと言われるのは良いことだが、今回ばかりは素直に喜べない。医師には呪いや魔法の痕跡も含めて調べるように伝えてあった。クラウディアの正体を伝えていない医師の言う『問題なし』とは、原因が分からなかったということだ。予想はしていたが、どうしても気持ちが落ちそうになる。


「アル?」

 

 クラウディアがこちらをじーっと見ていることに気がついて、慌てて笑顔を作った。


「ちゃんと食べてゆっくり休むんだぞ」


 アルフレートは感情を隠してクラウディアの頭を優しく撫でる。一番不安なのはクラウディアだ。アルフレートが落ち込むところは見せたくない。


「言われなくても分かっているわよ」


 クラウディアは撫でられて恥じらいを見せながらもちょっと嬉しそうだ。その様子にホッとして、クラウディアを抱き上げたまま部屋に入った。



 クラウディアの部屋は寝室とリビングルームに分かれている。アルフレートはクラウディアの体調を考慮して寝室に連れて行こうとしたが、クラウディアに指示されてリビングルームのソファに座る。


 ソファの前のローテーブルには、見覚えのある指輪が置かれていた。


「何があった?」


 アルフレートの声が思わず低くなる。指輪はクラウディアをあらゆる暴力から守るためにアルフレートが作った物だ。中心には魔法攻撃を防ぐための大きな宝石が一つ、周りを囲むように物理攻撃を防ぐ石が六つ並んでいる……はずだった。それなのに、対魔法攻撃用の大きな宝石があった場所がぽっかりと空いている。


「襲撃されたときに、相手の攻撃があたったみたいなの。わざとじゃないのよ……その……ごめんなさい」


「大した宝石じゃないから気にするな。修理に出せば良い」


 アルフレートは自分の心臓がドクドク音を立てるのを聞きながら、隣に座るクラウディアを笑顔で撫でた。クラウディアは普通の指輪だと思っているので、現状の恐ろしさに気づいていないのだろう。


 本当に高価な宝石ではない。だが、一番魔法と親和性の高い宝石を選んで、どんな魔法からも守れるようにアルフレートが魔法を込めたはずだった。この宝石が壊されるような魔法を受けて、クラウディアが生きている方が奇跡だ。


 本当にクラウディアだよな? 


 アルフレートは背中に嫌な汗をかきながら、祈る思いでクラウディアを抱きしめる。クラウディアの身体を魔法で調べたが、感じるのは馴染みのある魔力だけだ。


「アル?」


 孤児院からの帰りにも、しつこいくらいに調べたのに動揺した自分が情けない。クラウディアのいつもより早い鼓動を聞いていると少しだけ冷静になれた。

 

「ごめんごめん。指輪を壊したお詫びを受け取ってただけだよ」


「なっ……えっ……」


 抱きしめたままクラウディアを覗き込むと、顔が真っ赤になっている。クラウディアの鼓動が先程より更に早くなっている気がする。抱き上げたときと変わらない距離なのに、どこか違う時間が、アルフレートの心を癒やしてくれた。

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