第8話 馬車の中
クラウディアは抱き上げられたまま公爵家の馬車に入ると、柔らかいソファの上に降ろされた。アルフレートは無言でクラウディアにブランケットをかけてくれる。その表情はいつになく固い。クラウディアは気持ちを奮い立たせるようにアルフレートを睨みつけた。
ちょっと、わたくしをどうするつもり!!
叫びたいのに、声はまだ封じられていて何も言えなかった。ただ、強気な言葉を思い浮かべるだけで震えがいくらか治まる。
「大人しくしてろ」
アルフレートは呆れたように言って魔法を馬車にかけた。見慣れた魔法は、馬車の中が完全に外界から隔離されたことをクラウディアに伝えた。外からの情報は入ってくるが、馬車の中の音をはじめ熱や振動など、あらゆる情報が遮断されている。国内屈指の魔法使いであるアルフレートにしかできない美しい魔法だ。
「これで邪魔者は入らない。俺に……クラウディア? まだ、寒いのか?」
アルフレートに指摘されて、クラウディアは自分がまたひどく震えていることに気がついた。どうにか落ち着こうと身体を擦るが、震えは収まりそうにない。アルフレートの魔法は、いつもクラウディアを守ってくれる優しいものだった。それをこんなふうに怯える日が来るなんて思ってもみない。
「もしかして、俺が怖いとか?」
アルフレートなんか怖くない!
虚勢を張るために心の中で叫ぶが、今度は役に立たなかった。クラウディアに出来たのは、空色の瞳を避けるように、身体を縮こまらせて俯くことだけだ。
それを見たアルフレートが大袈裟にため息をつく。クラウディアの肩が勝手にビクッと跳ねた。
「そんなに俺に怯えるなんて何したんだよ。今回は叱らないからちゃんと話せ。こんな姿になって……。もし、他人に迷惑かけたなら、大事になる前に対処しないといけないんだぞ」
思っていたのとは違う反応に、クラウディアは恐る恐る顔をあげる。アルフレートは残念なものを見るようにクラウディアを見ていた。その顔にクラウディアに対する敵意はない。
「どうした?」
クラウディアは戸惑うアルフレートに、パクパクと口を動かしてみせる。
「あっ! 悪い」
アルフレートがバツの悪そうな顔をしてパチンと指を鳴らすと、口元の違和感が消えた。
「アルは……わたくしを……殺さない?」
「は? 俺がどれだけ心配したと思ってるんだよ……」
「だって! ゴホッ……、ゲホッ、ゴホ」
クラウディアが咳き込むとアルフレートが慌てて背中を擦ってくれる。
「これを飲んで落ち着け」
アルフレートが水の入った歪なカップをクラウディアの口元に差し出した。カップも水もアルフレートの魔法で作り出したのだろう。
クラウディアはアルフレートに手伝ってもらって、それをゆっくり飲んだ。水魔法と光魔法が混ざった水は、いつも通りクラウディアを癒やしてくれる。ほのかに温かいから火魔法も混ぜてくれたのかもしれない。
「俺に殺されると思ってたくせに、躊躇なく飲むなよ」
アルフレートは素っ気なく言いながらも、クラウディアを支えてくれている。仕方がないので、理不尽な言葉も頬を膨らませるだけで許してあげた。でも、言いたいことは言っておく。
「ねぇ、アル?」
「うん?」
「助けに来てくれたのに、何でわたくしの自由を奪ったのかしら? わたくしは平気だったけど、普通は怖いと思うのよね」
「そうだよな。本当に悪かった」
アルフレートはクラウディアを苦しそうに見て、慰めるように頭を撫でてくれた。
「わたくしは平気だったのだから、勘違いは迷惑だわ」
クラウディアの気持ちを知ってほしかったが、そんな顔をさせたかったわけではない。クラウディアが様子を伺うように見上げると、アルフレートが力なく笑う。
「分かったよ」
アルフレートはクラウディアを促して、彼の膝の上に寝かせてくれた。座っているのが辛かったのでありがたい。
「あの孤児院の院長先生はとても優しい方なんだ。クラウディアの身に何が起きているにしろ、巻き込みたくなかった」
クラウディアは王女だ。その身に起きたことを知っているだけで平民にとって良くない。犯人に居場所を問い詰められるかもしれないし、事件とは関係ない者でも王女の弱みを知りたくて訪ねてくるかもしれない。口止めをすれば受け入れてくれただろうが、何も知らない方が孤児院に危険はない。何より知らなければ、僅かな可能性に怯えて暮らさずに済む。アルフレートはそう判断したようだ。
「クラウディアがそこまで考えているとは思えなかった」
「……」
クラウディアはその通りなので反論もできない。しばらく孤児院に危険が及ばないよう見守る予定だと言われて安心した。
「クラウディアとは信頼し合えていると思ってたんだ。正直、怯えられてちょっと傷ついた。慰めてくれるよな?」
アルフレートとしては、クラウディアに魔法をかけたとしても、後で怒るだけで怯えられるとは想像もしていなかったらしい。
「アルが悪いんじゃない」
クラウディアは申し訳なくなって声が小さくなる。
『信頼し合えている』
その言葉に少し赤くなった頬をアルフレートに笑いながら摘まれた。
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