第2話 最悪の一日

 さかのぼること五日前、クラウディアは王宮の離れで一人朝食を摂っていた。


 出されたオムレツは火が通り過ぎていて固く、スープは冷え切ってしまっている。プロの料理人が作ったとは思えない料理に、一気に食欲が失せてしまった。


「シェフを呼んでくれるかしら?」


 クラウディアは語気を強めて、そばにいた侍女に命令する。侍女は怯えた様子で頷いて、クラウディア専用の食堂を出ていった。


 食堂の中は一段とピリピリした雰囲気になっている。クラウディアは不安そうな使用人たちを無視して、大袈裟にため息をついた。


 専属侍女のリタが休みの日にはいつもこうだ。何かの罰のような顔をして離れにやってくる使用人たちは、異母姉のユリアから密命を受けた者か、クラウディアに怯える者しかいない。


「王女殿下、お呼びでしょうか?」


 しばらくして、料理人が息を切らして食堂に入ってきた。真っ青な顔をしていて今にも倒れそうだ。これでは、クラウディアが悪人のように見える。いや、クラウディア以外はそう思っているのかもしれない。


「わたくしが何で呼んだか分かっていて? あなたはこれが最高の食事だと思って提供したのかしら?」


「ですが……、王女殿下のご要望だと伺っております」


 料理人は震えながら、控えていた侍女の一人に視線を向ける。侍女はクラウディアと使用人たちに一斉に見られても自分には関係ないとでも言うように澄ました顔をしていた。ふてぶてしい態度から、この者が主犯とみて良いだろう。


 今日の食堂での様子をユリアに報告すれば、僅かながらの褒美がもらえるのだろうか。クラウディアは、そんなもののためにと呆れてしまう。


 離宮に追いやられていてもクラウディアは王女だ。不敬だと言って、その場で切り捨てても罪には問われない。死んだあとにユリアに庇われても生き返るわけもない。もちろん、実際は虫も殺したことのないクラウディアにはできないけれど……


「成功したとお姉様に報告するといいわ。不敬罪で殺されたくなかったら、二度とわたくしの前に現れないことね」


 クラウディアは主犯らしき侍女に向かって、流行りの劇の悪役のようにニヤリと笑う。今の王宮には、泣いていても助けてくれる者などいない。戦わなければ、さらに侮られるだけだ。


 侍女は反省の色も見せずに、足早に食堂を出ていった。クラウディアは苛立ちを隠して料理人に視線を戻す。


「わたくしの好みはそう変わらないわ。リタ以外からの要望は跳ね除けなさいと何度言えば分かるのかしら?」


「申し訳ありません」


 侍女たちも貴族令嬢だ。料理人が無下に出来なかったのも分からなくはない。


「もう良いわ。戻りなさい」


 クラウディアは、ガタガタと震える料理人に呆れながらも、どこかホッとしていた。この様子なら侍女の悪巧みに巻き込まれただけだろう。今の王宮では、料理人がユリアの手下であっても辞めさせることは難しい。侍女は減ってもリタがいるので困らないが料理人は違う。人員補充がなければ、好みのオムレツは一生お預けだ。



 現在のドラード王家には、王の子が四人いる。亡くなった正妃の子である王太子フロレンツとクラウディア、側妃の子であるユリアと第二王子ベンヤミンだ。


 亡くなった正妃は隣国オキシドラス王国の元王女、側妃はドラード王国内のピンタード候爵家出身ではあるがバルバード帝国の姫を祖母に持つ。それぞれの妃の後ろ盾に別々の隣国がついているため、対立は王子たちの誕生前から続いている。


 長子であるフロレンツが優秀だったため、後継者は早々に決められた。しかし、そのことで溜まった不満は全て妹のクラウディアに向かってしまったのだ。庇い続けてくれていたフロレンツが母親の祖国オキシドラス王国に留学した半年前からは、露骨になっていた。


 頼みの綱の国王は、無関心で訴えても聞き流すだけだ。そもそもは流されやすく無気力な国王が、二つの派閥に良い顔をして妃を娶ったのがいけないのだ。どうにかしてほしいが、能力的にも期待するだけ無駄だと、フロレンツがゴミを見るような目を国王に向けて言っていた。


「朝から疲れたわ」


 クラウディアは全ての原因を国王に押し付けてため息をつく。母親が亡くなったことで荒れて、優秀な使用人たちがリタを残して去ってしまったことは、忘れることにしている。子供だったのだから仕方ない。


「学園に行く準備をするわ。手伝いなさい」


 クラウディアは食事に手を付けないまま席を立つ。青い顔をした使用人たちを従えて、自室に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る