第10話 国の状況
「派閥については知ってるよな?」
「当たり前でしょ。わたくしのことを馬鹿にしすぎではなくて?」
クラウディアはフロレンツを支持する王太子派とベンヤミンを支持する第二王子派についてアルフレートに話して聞かせた。アルフレートは合格点をくれたが、派閥は正確には中立派も含めて三つあるらしい。
「難しい話は省くが、フロレンツ殿下は昨年の時点でご自分の派閥をまとめていらした。王位につく準備が整っていたんだ」
国王に資質がない事はフロレンツが口癖のように言っていた。ただ、そこまで具体的に動いていたなんて初耳だ。
「では、何でお兄様は留学したのかしら?」
「カタリーナが現れたからだよ」
カタリーナは側妃の実家であるピンタード候爵家の養女だ。当然ピンタード侯爵家は第二王子派である。そのカタリーナが国王を助けた直後に王位を狙うのは時期的に良くない。
しかし、そのまま静観するのも危険だった。カタリーナが実績を積みベンヤミンと婚約するようなことになれば、中立派がベンヤミン側に周りフロレンツの立場が危うくなる可能性もある。
フロレンツはベンヤミンが幼く頼りないうちに、母の祖国オキシドラス王国から支援を得て地盤をさらに固めるために留学したようだ。
「なんだか大変なのね」
クラウディアが正直な感想をもらすと、アルフレートは諦めた顔をして髪を撫でてくれる。クラウディアがありのままで居ても、アルフレートは側にいてくれるらしい。
「クラウディアは静かになったくらいにしか思っていないのかもしれないが、取り巻きが減ったのもこの件の影響だぞ。フロレンツ殿下の思惑は表に出ていない。王太子交代を恐れたんだろうな」
「失礼ね。わたくしだって、なぜかしらって思っていたわよ」
「そうか、悪い。クラウディアでも、そのくらいは考えるよな」
誠実に謝罪されたのに、何だか馬鹿にされているような気がする。ただ、なんでこんな話を始めたのか未だに予想もつかなくて、クラウディアはアルフレートに抗議することが出来ない。
クラウディアがアルフレートを見上げていると、目があって気持ちを見透かしたかのように笑われた。
「長々話してごめんな。今の我が国は俺の失敗がフロレンツ殿下にまで影響するような微妙な情勢だってことを言いたかったんだ。俺は身分的には王太子派筆頭だからな。それなのに、俺は思い込みでクラウディアを危険な目に合わせてしまった。だから、俺のことをあんまり甘やかすなよ」
「わたくしは正直に言っただけで甘やかしてなんかいないわよ」
どんな事情があっても、クラウディアの気持ちは変わらない。アルフレートは困ったような嬉しそうな何とも言えない顔をした。
「……」
「それで? まだ何か言いたいことがあるのでしょ?」
アルフレートが光魔法で癒やしてくれているせいで眠たくなってくる。でも、アルフレートの声を聞いていたかった。アルフレートの話が終わっていないことは、付き合いが長いので雰囲気で分かる。たぶん、一番言いたいことを我慢している気がする。
「じゃあ、もう一つだけ良いか?」
「え、ええ」
クラウディアは自分で聞いておいて、アルフレートの表情が険しくなって動揺した。アルフレートに確認するように見られて小さく頷く。
「ベンヤミン殿下と聖女様が結婚しなければ、第二王子派は王位を諦めるしかないんだ。だから聖女様が本気で俺を誘惑することはないし、俺は聖女様をそういう対象に入れてない。分かったか?」
アルフレートの強い意志のこもった瞳にクラウディアはつられるように頷く。とにかく、アルフレートはカタリーナの事を何とも思っていないらしい。
「何がしたいんだろうな。クラウディアを揶揄っていたのか、俺を第二王子派に引き抜こうとしていたのか……」
「アルが格好良くて優しいから、聖女様が好きになってしまったのではなくて? アルがそばにいたら、誰だって好きになってしまうはずだもの」
「権力欲の塊のような人物だから、それはないだろうが……クラウディアの気持ちが聞けて嬉しいよ」
険しい表情だったアルフレートが、突如満面の笑みを浮かべる。クラウディアは自分の失敗に気がついて真っ赤になった。
「違うわ! わたくしは……」
「到着しました」
クラウディアは反論しようとしたが、御者をしていたアルフレートの侍従ディータの声に遮られる。文句を言いたかったが、魔法のせいで馬車の外にいるディータには聞こえない。クラウディアは機嫌の良いアルフレートを黙って見上げるしかなかった。
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