第20話

荷物は軽くなってきていたが、足取りは段々と重くなっていった。

集落で襲われてから数日間、俺達はずっと歩いていた。俺もリゼも強烈な倦怠感と睡魔に襲われている。

お互いに体力を使うまいと一言も喋らなくなっていた。実際こういう時の会話はお互いを攻撃し合ったり連携を失う原因にもなるので極力喋らないように俺から言っていた。改めて人間は信頼関係を作る時、衣食住が足りてやっと第一歩を踏み出せるのだと実感する。

相手の事を考えるとか思いやるとか、自分の事で精一杯な時にそれは出来ないものだ。


しかしその甲斐あってか、イリスまでは目と鼻の先と言えるところまで来た。

俺達の旅も終わりを迎えるのだ。


「ウォールはイリスに行ったらどうするんだ?」


イリスを象徴する時の鐘が着けてある櫓が見えてくる頃、リゼはぼそりと呟くように聞いてきた。

久しぶりの会話だったように思う。


「リゼ殿こそどうするんだい?」

「私か?私は、そうだな。駐在する騎士団の所へ行って、それから」

「それから?」

「……分からないな。全く想像もつかない」


それもそうだ。

今彼女に出来ることはバイセルンが敗北したこととバイセルンの窮状を伝えることくらいで、それが終わった途端に家無しの、無駄に高価な鎧をつけた少女が出来るだけだ。


「まあ、リゼ殿の剣術があるなら騎士団に残して貰えるんじゃないか?」

「そうだといいがな」

「俺は、ね。俺は…。そう、だな。またどこかで傭兵でもやるよ」


適当に返した。

俺自身この先は皆目検討つかない。リゼと違って飯の食い方は知っているから食いっぱぐれる事はないだろう。しかしそこから先の人生は定まっていない。

少なくとも自分の人生はベッドの上で死ぬことはなさそうだと思うくらいだ。


「傭兵、か。それも生き方なのかもな」

「やめといた方がいいぜ。リゼ殿。今回ほど命の保証がない、みたいな事はないがバイセルンみたいな悲惨な、下手したらもっと酷いものをたくさんみる羽目になる」

「ああ。多分そうだろう。この数日で私の弱さを実感している。私は、なにも知らなかったし、それになにも対処できなかった」

「……」

「私は、戦場に立つことを許されるほど強くないのかもしれんな」


「いや、違うな」

「どういうことだ?」

「弱くていいんだよこんなのは。知っていい強さじゃないさ」


傭兵の世界でいう強さとは鈍感になるということでもあるのだから。

そんな強さは生きることで精一杯な生き方がおあつらえ向きの人間が持つだけで十分だ。

生きるために無抵抗な住人を殺したり、地獄と見間違えるほどの惨状に心を痛めないなどは持つ必要のない強さだ。


そんな人間の死に方は、恐らくろくでもないものなのだから。

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