「親友の妹」は、もう終わり

水瀬真白

第1話 幼馴染の報告

「実は、先日婚約したの」


 幼馴染である友人の突然の告白に、私、エルネスティーネはカップを持ち上げたままピクッと停止した。

 そして次に思い浮かんだことはこれだった。

 キャロル、お前もか。


「えっー! 本当キャロル!?」

「相手は? 相手!」

「同じ伯爵家で私より二つ上の人なの。グラン伯爵家の──」


 きゃあきゃあと私以外の友人たちの楽しそうな声が庭園に響きわたる。

 今日は幼馴染のキャロルがお茶会を開いていて、楽しい女子会を過ごしていた。

 そして最後にお知らせしたいと言って口を開いて告げたのが自身の婚約話だった。


「おめでとう!」

「婚約披露パーティー楽しみにしてる!」

「ありがとう」


 友人たちが次々とキャロルに祝福の言葉を述べ、私も紡いでいく。


「おめでとう、キャロル」

「ありがとう、エルネスティーネ」


 嬉しそうに笑う幼馴染を見るとこちらも嬉しくなる。幼馴染が幸せになるのは当然嬉しい。

 だけど、少し寂しいのは事実で。

 だって、これで婚約者がいないのは私だけになったのだから。

 そんな私の様子に気付いた友人たちが苦笑いを向ける。


「エルネスティーネ……頑張れ」

「大丈夫だよ、そのうちいい人を伯爵様が見つけてくれるよ」

「大丈夫大丈夫! それまでは楽しんでね!」

「……うん。ありがとう、みんな」


 友人たちの必死な励ましを無下にはできず、どうにか声を返事していく。


「あ、そろそろ帰らないと」

「じゃあね、キャロル!」

「バイバーイ!」

「ええ、気を付けてね」


 キャロルは伯爵令嬢らしい美しい所作で他の友人たちを見送る。私はこの後は特に予定がないのでそのまま座っている。

 そしてキャロルもこの後のことがわかっているのか、一人残る私を見て近付いてきた。


「エルネスティーネ、元気だしてよ。こういうのは早い者勝ちじゃないでしょう?」

「キャロル……。……この、裏切り者ー!!」

「ちょ、うるさい」


 叫ぶとキャロルが耳を抑えてうんざりとした顔を向ける。伯爵令嬢の気品は一瞬にして消え失せた。

 しかし、話を聞くつもりはあるらしく、頬杖しながら正面の椅子に再び腰がけてくる。よかろう。ならば女子会第二ラウンドだ。


「キャロル……私たちは婚約者いない同盟結んでたでしょう!?」

「何それ。初めて聞いたけど。勝手にそんなこと思ってたの?」

「思ってたんですー! それなのに先に婚約して! 婚約者いないの私だけになっちゃったじゃん!」


 悲鳴をあげる私をキャロルはかわいそうなものを見るような目で見る。そんな目で見ないでほしい。


「ごめんって。お詫びに話はちゃんと聞くから」

「キャロルぅぅ……。改めて婚約おめでとう」


 悲鳴をやめて再び祝福の言葉を紡ぐ。

 寂しいのは寂しい。しかし、十年の付き合いのある幼馴染が幸せになるのは喜ばしいことだ。


「なら私も。改めてありがとう、エルネスティーネ」


 するとキャロルは美しい笑みで返事していく。


「グラン伯爵家のご子息って……確かキャロルが気になっていた人だったよね?」

「ええ。デビュタントしてから知り合ったんだけど素敵な人だなって思っていたの。だから婚約できてよかった」

「よかったね。キャロルったら自分の恋愛の話あんまりしないから少し気になってたんだ」

「私は狙った相手を確実にいくから心配ご無用よ」


 どうやら幼馴染は見た目は清楚なのに中身は中々の肉食獣なようだ。立派な狩人で何より。


「あとはエルネスティーネだけね」

「うっ、そうだね……」


 遠い目をして黄昏てしまう。許してほしい。

 私の名はエルネスティーネ・ルクス・メイファレット。赤茶髪に薄茶色の瞳とごくごく普通の色合いを持つメイファレット伯爵家の長女で十六歳。

 そんな私に付き合うのは幼馴染歴十年になる同じ年キャロル・ルクス・ブラウンだ。


「いつかは結婚できるでしょ」

「それはいつ? 安易に言うのはやめてよね。十年後かもしれないんだから。そしたら完全な行き遅れだよ……」

「あー、そうよねー……」


 話に付き合うと決めていたキャロルもさすがに言葉を濁す。仕方ないと思う。


「私も婚約したから姫様……ジャネット様も心配するだろうねぇ」

「うっ。姫様、申し訳ありません……」


 幼馴染である姫様の名も出てきて申し訳ない気持ちが込み上げる。

 姫様とは私の実家の繋がりから昔からのお付き合いで、キャロルとともに特に仲がいい。

 そんな姫様は本日公務が入っていてお茶会には来ていない。

 だけど可憐でお淑やかで優しい人だ。来ていたらきっと心配させていたと思う。


「まぁ、エルネスティーネと結婚するにはを相手にしないといけないからね」

「そうなんだよね……」

 

 頬杖しながら言うキャロルに虚ろな目で返事する。口から魂抜けそう。

 キャロルを始め、友人が数人いるけど、本日をもって全員婚約して、あとは私だけ。


 友人の中で私だけ婚約者がいない状況となっているけど、今はまだ婚約者がいなくてもいい。

 だけどこのままでは一生とは言わなくとも行き遅れの気配がする。

 その原因はお父様である。


 私の生家、メイファレット伯爵家は代々王家を守る近衛騎士にリストニア王国を守る軍人を多く輩出する一族で、武家の中でも上位に位置する名門だ。

 ゆえに男児は立派な近衛騎士、軍人になるために厳しく育てられた。

 お父様は勿論、お父様の弟である叔父様たちも厳しく育てられた。

 そんなメイファレット伯爵家に久しぶりに女児が生まれた。

 そう、私である。


 愛妻家であるお父様はお母様に似た私を見て喜び、その日は半ばお祭り状態だったらしい。

 そしてお父様はそんな私をとてもとてもかわいがった。

 ただ、我儘に育たなかったのはお母様の教育の賜物である。

 甘やかすお父様の代わりに厳しく淑女教育を施した結果、私は令嬢としての教養を身につけた。お母様には感謝してもしきれない。

 もしお母様も甘やかしていたら我儘お嬢様になっていたと思う。


「過保護すぎなんだよね、お父様ったら」


 頬を膨らませながら不満を口にしてしまう。

 お父様は王家を守る近衛騎士団の副団長をしている。

 娘には甘いが、娘に近づく異性には容赦しないとかなんとか言われているらしい。

 そんなお父様が言うには娘の婚約者は副団長である自分に勝てる人で、勝てないと嫁がせないと豪語している。

 いや、やめてほしい。恥ずかしいし、仮にお父様に勝てる相手は既に既婚者だ。どうしろというんだ。


「まぁ、まだお兄様は違うからましだけど……」


 五つ上の兄、アルシェンお兄様もお父様同様近衛騎士をしていて、二十一歳と若手にも関わらず剣術に優れ、小隊の隊長をしている。

 やや周囲を振り回す性質でおまけに口が悪いが、妹を溺愛しないため、兄妹仲は普通だ。


「アルシェン様も妹かわいいー!だったらどうする?」

「ちょ……やめてよ。想像できないし、寒気がする」


 あの口が悪いお兄様が妹を溺愛する。想像できない。思わず腕を擦ってしまう。

 昔はお兄様も無愛想ながらもかわいがってくれていたが、今では兄妹喧嘩を割としている。

 大きくなってもかわいがるのはお父様だけで十分だ。


「本当、お父様はほっといてほしいって言いたい」

「大変だねー」

「キャロルのお父様と交換したい」

「え、ヤダよそんなの。あんなの息苦しくて息が詰まるじゃん」


 即答で返事して、後ろに(笑)がつくような調子でキャロルは笑って話す。ひどい、他人事だ。


「それより、どうなのさどうなのさ、とは?」

「…………」


 そしてキャロルがやや前のめりになって興味津々と顔に書きながらながら問いかけてくる。ちなみに手で口許を隠しているが隠しきれていない。


「どうって……」

「進展しているのかって聞いてるの。エルネスティーネったら奥手だから心配なのよ」

「うっ」


 確かに私はキャロルのように積極的になれない。それは認める。

 だけど相手も悪い。いくら精一杯アピールしてもそれを見事にスルーするのだから。


「進展かぁ……」


 カップを持ち上げて入っている紅茶を一口含んで、まだカップの中に残っている紅茶をぼぅっと眺める。


 お父様にガードされているけど、私も年頃の娘らしく、恋をしている。

 だけど先ほど言ったとおり、相手が悪かった。


「残念ながらお望みの報告はありませーん。まっっったく相手にされない」

「全く?」

「そう。ドレスだって大人っぽいのを着ても『かわいいね。でも寒くない?』とか、ダンス一緒に踊っても『上手だね。でも無理をしてはいけないよ』って。……私は、私は妹じゃなーい!!」

「あらら」


 大声で悲哀を含みながら愚痴を報告する。

 確かに恋をしている。だけど、相手はそんな私をまるで妹のようにかわいがる。

 アピールしても見事にスルーされっぱなしだ。


「というかその発言──兄でもあり、父親目線にも感じる」

「ぐぅっ……! とどめの一撃やめてもらえる!?」


 幼馴染のとどめに思わずは涙目になる。

 なぜだろう、見えない拳が胃に直撃したような気がする。ううん、直撃した。


「もういっそのこと、告白したらどうなの? そうしたら意識してもらえるかもしれないわよ」

「それで振られたら立ち直れないよ……」

「エルネスティーネって本当に慎重で奥手よね」

「繊細なんですー!」


 告白したら確かに女性として見てくれるかもしれない。だけど、妹にしか見れないと言われたらきっと今までどおりに話すことできない。


「まぁ、部外者の私がどうこう命令はできないけど……。手紙のやりとりは今もしているのよね?」

「うん。頻繁、ってわけじゃないけど、連絡は取ってる」

「なら比較的接点持ってるんだし、頑張らないと。エルネスティーネの好きな人は令嬢と噂になったことないんだから頑張ろう?」


 ポンポンとキャロルが肩を軽く叩きながら明るく励ましてくれる。いつもこうして私の愚痴を聞いては背中を押してくれる。


「……うん、頑張る。ありがとう、キャロル」

「いーいえ。エルネスティーネはかわいいんだから笑っとかないと。ね?」


 そう言いながらキャロルが明るい笑みを向けてくる。こんな愚痴にずっと付き合ってくれるなんて、いい幼馴染を持ったと思う。


「もう、キャロルもかわいいよ。また相談してもいい?」

「勿論。応援してるからいつでもどうぞ」

「ありがとう」


 そして明るく背中を押してくれる幼馴染兼友人に手を振って私は屋敷へ帰ったのだった。


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