妙のいる世界
二条颯太
さようなら冬将軍
「ついに冬将軍が倒れました! 戦車の砲弾を浴びても怯むことのなかったあの巨体が、自身が生み出した大量の雪の上で眠るように!」
7月中旬にも関わらずダウンジャケットを着用したリポーターは、白い息を吐きながら興奮気味に説明する。
「空をご覧ください。一年中振り続けていた雪が止みました! 雲の切れ間から久方ぶりとなる太陽が大地を照らしています!」
調査班が駆け付けた時には既に冬将軍の体はとけていた。崩れつつある冬将軍をせっせと回収する傍らで、一人の男が荒くなった呼吸を整える。
「冬将軍を鎮めた英雄の名は──鴨原隼人です!」
冬将軍騒動から一月後。
東京都心に位置する探偵事務所のソファで、鴨原は日課であるネットニュースのチェックを行っていた。
「
そのまま寝転がって仮眠を取ろうとする鴨原に、輪っか状の何かがスッと伸びてきて覆いかぶさる。
「鴨原さーーーん! 仕事中ですよーーー!」
ポフポフと顔面で跳ねながら甲高い声を上げるのは、鴨原の助手であるナツキ。
高校卒業と同時に鴨原探偵事務所の門を叩いた元気が取柄の18歳。
鴨原は眼前のホワイトチョコがかかったドーナツを手で避けると、「わかった、わかった」と根負けして起き上がる。
「おはようございます」
鴨原に挨拶をするのはドーナツ。
事務所内には鴨原以外に人影はない。
「……少し横になっただけで眠るつもりはなかった」
「いい年したおじさんが子供みたいなこと言ってないで、仕事仕事!」
年の差12歳の探偵と助手のコンビは、日本を震撼させた冬将軍を倒して一躍時の人となった。
しかし鴨原が取材やテレビ出演を軒並み断ったこともあり、鴨原フィーバーは類を見ない速さで収束した。
『鴨原なりきり探偵セット』
『鴨原納涼うちわ』
『鴨原せんべい』
ナツキが勝手に展開したグッズの在庫が事務所を圧迫している。
「ナツキ君。これ捨ててもいいかい?」
鴨原はドーナツに語りかける。
「
ドーナツはダンスを踊るように皿の上で回転しながら否定した。
「当てるも何も妙が現れないことには私の出番はない」
妙とは妖怪や怪異に近い何かである。
1990年代から日本で発見されるようになり、オカルト好きの間では度々話題に上がっていた。それを噂から真実に変えたのが冬将軍の到来である。
「あのー鴨原さん……目の前にとんでもない妙がいるのですが」
一見すると美味しそうなドーナツだが、その正体はナツキが変化したものだった。
彼女が妙に取り憑かれてドーナツ姿になったのは数日前のこと。
事務所で泣き喚くドーナツを見た時には鴨原も目を疑ったが、すぐに妙の仕業だという結論に至った。
『ドーナツ化現象』
妙の名は判明したが解決の糸口すら掴めていない。
「ドーナツのままじゃ助手としてお役に立てませんよ……」
肩を落としているのか、ドーナツが少しだけ斜めに傾く。
常人なら絶望して殻に閉じこもってしまうが、元気だけが取柄のナツキは違った。
「はい! こちら鴨原探偵事務所! ごめんなさい、弟子は募集してないんです!」
ドーナツ姿でも完璧に電話対応をこなし、来客にはしっかりとお茶を淹れる。言葉とは裏腹に人間の姿と遜色のない働きっぷりを発揮している。
「はい! こちら鴨原探偵事務所! なにぃぃっ!? 妙が発生したですとぉ!? 場所は……はいはい、すぐ向かいます!」
受話器を置いたナツキは転がって鴨原の前まで移動すると、大ジャンプですっぽりと胸ポケットに収まる。
「現場は新宿駅構内で、被害者はいないそうです」
「新宿か……それなら電車の方が早いな」
妙が出たとなればのんびりしてはいられない。
鴨原は退妙道具一式を持って事務所を出た。
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