転生序盤ボスは転生主人公の先を行く
東赤月
プロローグ
燃え盛る村の中心、普段は村民が顔を合わせ歓談する広場で、マーカスは信じられない敵と対峙する。
「バルコー! 君も――」
来ていたのか、とは続かなかった。何故なら彼の背後には、この悪夢のような光景を生み出したであろう、火矢を持ったゴブリンが控えていたのだから。
さながら、彼に付き従うように。
「マーカス。遅かったな」
「バルコー、これは……」
「マーカス殿!」
事態が呑み込めないマーカスが一歩進む。その足元に、火矢が刺さった。マーカスの後ろについていた若い女剣士、ハザクラは、斬り落とそうとした矢が元から当たるものでなかったことを訝しみ、バルコーを睨みつける。
「今のは最後の警告だ、マーカス。このまま何もせずに帰れ。この村を滅ぼすという目的を達した以上、お前たちを相手にする理由はない」
「お前たちもそうだ。俺たちを相手にしようがしまいが、村を救うというお前たちの目的はもう達成されない。ならばこれ以上、無駄に体力を使うなんて馬鹿馬鹿しいだろう」
「ふざけるな。このような悪事をした者を見過ごせるわけがなかろう!」
「ハザクラさんの言う通りです。無辜の民を殺めた魔物たちを前に、何もせず逃げ帰るなんてこと、できるわけがありません」
「っ……!」
ハザクラと、同年代の女僧侶シエルの言葉に、マーカスが悲痛な表情を浮かべる。目の前の男は同郷の親友であるが、彼は自らその故郷を破壊した敵なのだと、マーカスは自分に強く言い聞かせた。
「ふん、マーカスはどうだ? いつものように、しっぽを巻いて逃げるなら今の内だぞ?」
「……一つだけ訊かせてくれ。一緒に夢を叶えるって誓い合った、あの言葉は嘘だったのか?」
「嘘ではない。これは、俺が夢を叶えるために必要な光景だった。それだけのことだ」
「そうか……」
かつての親友の答えを聞いたマーカスは、一瞬目を伏せてから、敵を見据えて剣を抜いた。
「なら俺も、俺の夢のために戦うよ。たとえ君が相手でも、この世界に住む人々を悲しませるような奴は許せない!」
「ふっ。ならばかかってこい! 弱虫マーカス!」
バルコーの言葉に、ゴブリンたちが気勢を上げて殺到する。
かつての親友同士は、かつて故郷があった場所で激突するのだった。
「ぐあっ!」
村はずれの崖に追い詰められたバルコーは、マーカスに与えられた傷を押さえて後ずさる。
バルコーが庇っていた弓兵は既に全員が倒され、残るはバルコー一人だ。
「勝負あったな、バルコー」
「くく……。まさか最後の最後で、お前に負けるとはな」
「一対一なら、分からなかったさ。でも今の俺には仲間がいる。仲間との絆が、俺に力を与えてくれたんだ」
「ふっ……仲間、か」
膝をつくバルコー。もうこれ以上戦えないと判断したマーカスは剣を下ろした。
「どうした? トドメを刺すがいい」
「いや、君は拘束させてもらう。どうやって魔物を従えたのか、誰が村の襲撃を計画したのか、全て話すんだ。そうすれば、命だけは助かるかもしれない」
「相変わらず、甘い奴だ」
薄く笑ったバルコーはゆっくりと立ち上がって、マーカスに手を伸ばした。
「悪いが、肩を貸してくれないか?」
「バルコー……!」
親友の言葉に、マーカスは剣を納めて駆け寄る。
そしてもうすぐ手と手が触れ合うという時に、バルコーの笑みが深くなり、手の先に魔力が集約した。
「なっ!」
「マーカス殿!」
ドッ!
反射的な行動だった。
手を避け身を屈めたマーカスの蹴りが入り、バルコーの体は崖から飛び出た。
「バルコー!」
「っははは! そうだ、それでいい! 甘さなど捨てることだ!」
落下するバルコーの身を、回復魔法の光が包み込む。しかしその光は弱く、とても全治するとは思えない。たとえ無傷の状態であっても、この高さから落ちれば命はないだろう。
敵ではあった。しかし自分を癒そうとしてくれた親友を疑い、殺めてしまった。その実感が強まったマーカスは、暫く呆然と崖を見下ろしていた。
「……マーカス殿、行きましょう」
「……そうですね。まだ任務が終わったわけではありません。村に戻って、せめて亡骸だけでも無事に――」
「おーい!」
聞き覚えのある声に、マーカスは振り返った。そしてそこにいた村の住人、見知った顔を目にし、驚きに目を丸くする。
「みんな! 生きていたのか!?」
「ああ。先日バルコーから、魔物が近づいてきているから村の外に避難しろと言われておってな。パーズを始めとする自警団の何人かは残っていたのじゃが……」
「そうだったのか……」
戦闘中に目にした死体を思い出し胸が痛くなるのと同時、できるだけ村に被害を出さないようにしていたバルコーに思いを馳せる。
「バルコー……。どうして……」
「……恐らくバルコーさんは、魔物に魅入られていたのでしょう。それでも最後まで抗って……」
「バルコーか。中々の腕だった。仲間として共に戦いたかったものだ」
仲間の言葉に、マーカスは目に溜まった涙を拭う。
「ごめん、二人とも。今は悲しんでいる場合じゃないよな。亡くなった人たちの供養を手伝ってくれ」
「ああ」
「はい」
二人は笑みを浮かべると、村人たちと共に村の方へと向かう。マーカスもそれに続こうとして、一度足を止めて崖を振り返った。
そして、親友の分まで自分が夢を叶えるのだと、決意を新たにするのだった。
◇ ◇ ◇
(ははは! やっぱり! やっぱりそうだ! 間違いない、ここは『Extended Viability Organism』の世界で、俺は主人公のマーカス! ここから俺の旅が始まり、力も、名誉も、愛も、全てを手に入れるんだ! 笑いが止まらないぜ!)
主人公マーカスに転生したかつてのゲームプレイヤーは、未来の自分の成功を確信し、人知れず笑みを深めるのだった。
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