Last chapter .世界を裏切る者

「隙を見て、魔王を討ってください」


ダリアさんは聖剣から作ったという小さなロザリオを俺に手渡し、そう言った。


……そうだ、魔王が結んだ平和協定や不可侵条約はフェイクに過ぎない。

そもそも元の世界に戻る方法は【世界を救うこと】で、本来のゲームクリア条件も魔王を倒し世界を救うことだった。


「どんな作戦であれ、魔王を討つことで全てが終わるんだ」





二度目の魔王城は、禍々しさなど一切なく、全く別の場所のように感じた。


案内された先、謁見の間にまだ魔王の姿はなく、配下の魔物が何体かいるが、今のところ攻撃してくる様子もない。

「……話を聞く気はあるみたいだな」

ボソッと呟くシルトに目配せをすると、部屋の奥、重厚な扉が唸り声のような音を立てながら開く。


出てきたのは魔王とその側近らしき男。


「───グリッ!!!!」


かつて共に魔王討伐に向かった仲間がそこにいた。


【グリ】職業:魔導士(男)

・出身地不明のダークエルフの青年で、主に攻撃魔法や呪詛の類を得意とする。

孤児みなしごとして森をさまよっていたところ、人間の夫婦に拾われ育てられた経歴を持つ。

・物静かで多くを語らない人物だが、魔王討伐の暁には、魔族や人間など種族関係なく分かり合える世界にしたいと考えていた。


「久しぶりだね、リョウ」

「なんで……俺、ずっとお前を探して……」

「それはこちらのセリフだよ。君だって急に行方を眩ませたじゃないか」


グリは種族間の壁を無くしたい、そう思っていたはず……そこを魔王に付け込まれたのか!


「久しいな勇者よ、相見えるのは此度で二度目になるか」

地面を這うような重く低い声が響き渡る……魔王だ。

「お互いに武器の持ち込みは無しって話だろ。その水晶玉は何だ」

「これは中継用の魔道具よ。そこのグリがあつらえたものだ」


中継……ダリアさんの言った通りだ。


───そして、平和協定についての談義とその中継が始まった。



中継を視聴している人間にもう一度情報を刷り込むかのように、魔王は平和協定、不可侵条約を結んだ経緯を話した。

そして、俺に話を振る。


「此度、人間の代表とも言える勇者が、我等と平和協定を結ぶと申し出た。一度は殺し合った仲にも関わらず、だ。勇者よ、貴様は何を考える」


───平和協定について、思うこと。


「俺は一度、お前に敗れている。気絶していたのか、目を覚ました時には平和協定、不可侵条約も結ばれた後だった」


俺は自身が置かれている状況も交えながら話を進める。


「平和協定を申し出たのは、俺たちに争う理由が無くなったからだ。以前の俺は、魔族は人間とこの世界を侵略しようとしているのだと思っていた。だから自分の大切なものを、この世界を守るために戦った」


そうだ、町のみんなも、各国の王たちも、旅先で出会った人たちもみんな、みんなみんな。

「この世界を救ってほしい」

そう願っていた。


そしてその願いを一身に託された俺は、「勇者」と、そう呼ばれるようになったんだ。


「しかし、魔族は人間に対し協定と条約を以て歩み寄る姿勢を見せた。ならば、これ以上の無益な争いは不要。これからは手を取り合い、共に生きて行くべきだと考えた」


俺は作戦通り、事前に用意したセリフを述べていく。


「魔王、これまでの行いを謝罪したんだってな。なら俺もこの場で、魔族のみんなに謝罪するよ……ごめんなさい」

深く頭を下げる俺に、魔王は賞賛せんとばかりに拍手をした。

「素晴らしい!己の非を認めるのは容易ではない……ご覧いただいただろうか、諸国の王たちよ。そこの勇者の謝罪を以て、平和協定の締結を宣言する!」


そうして、俺たちは無事に平和協定を結ぶことができた。



「やったなリョウ!」

「シルト……うん、ありがとう」

「さっすが勇者!堂々としてカッコよかったぜ」


シルトに伝えられていた作戦はこれでおしまい。

あとは……俺一人の戦いだ。



「魔王様、リョウ殿、こちらへ。改めて協定内容の確認と、調印をお願いいたします」

グリはそう声をかけると、俺たちを執務室まで連れて行った。


───今だ。今しかない。


「……グリ、5分……いや、3分でいい。席を外してくれないか」

「なぜ?」

「魔王と、話がしたい」


さすがに二人きりになるのは厳しいか?


「良い。グリ、席を外せ」

「しかし」

「勇者にも思うところがあるのだろうよ。それとも何か、貴様の仲間は信用に足らん奴なのか?」

「いえ、そういうわけでは……リョウ、5分だけだからな。あとちゃんと調印もするんだぞ」


そう言って、グリは部屋を出る。


「して、話とは?」

「お前は、本当に魔族と人間が共存できると思っているのか?」


俺の問いかけに対し、魔王は何も言わず、ただニヤリと口の端を上げた。


───確信に変わった。


俺は首から下げたロザリオを引きちぎり、その十字架を魔王の心臓コアに突き立てる。


あの顔は、俺が負けた時に、地を這う勇者たちに向けて「無様」と言い放った時の顔だった。


そうだ、裏切ったのは、本当の裏切り者は魔王こいつなんだ!!!!


物音に異変を感じたのか、慌てて部屋に入ってきたグリに取り押さえられる。


「リョウ……ッ!!!」

「なんだよ、条約や協定を持ちかけて人間を手篭めにしようとしたのは、裏切ったのはこいつただろ!!!」

「条約も協定も、提案したのは僕だ!ダークエルフは魔族に近いから、魔王様の恩情で僕たちは生かされたんだ!!」

「は?そんな話……」

「君がどこの誰に唆されたのか知らないけど、魔王様は本気で種族の垣根を越えた共存を望んでいたんだ!!」


嘘だ……そんなの、

「そんなの、聞いてない……」

「……君に与える恩情は、これ以上はない……連れて行け」


抵抗も虚しく、拘束魔法により全身に強い衝撃が走る。




遠のく意識、薄れる視界の端。




ダリアのような真っ赤な唇が、美しい弧を描いた。

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