五仕旗 3rd Generation

旋架

第1章 六繋天邂逅編

第1話 降新星

第1話 降新星 Part1

「いいか、風増かざま

私の言うことは、世間からすれば常軌を逸しているのかもしれない。

だが、これは紛れもない事実なのだ」


幼い鞍端風増くらはしかざまは、正座をしてその話を聴いている。


「分かっています…」


**********


<現在>


「残り30秒!」


体育館の中にその声が響く。


タイマーは試合終了までの時間を淡々と指折っていた。


鞍端風増くらはしかざまの手と床を行き来する球のリズムは、次第に心臓の鼓動のそれに同調し始めた。


ここで網に球がくぐれば、誰もが黒くなると諦めていた星の色は反転する。


しかし、この距離から希望は叶ってくれそうにない。

考えるよりも速く、風増は前方へ最後の希望を投げ渡した。


層上そうがみ!」


その少年は、まさか自分にという表情を一瞬みせると、すぐさま両手で球を受け取り、弾ませながら、敵の防衛を縫い始めた。


何者も踏み込めない軌道を描き、目的地までたどり着いた彼は、うろ覚えのステップで跳躍し、受け継いだものを網に注ぐ。


彼と同じ色のビブスを着た者たちの歓声が聞こえ、次いで着地音、続いて、タイマーが鳴いた。


**********


<昼休みの教室>


「いやー、お前すごいな」


「そんなことないよ」


「バスケやってたの?」


「やってない。中学の時、授業でやったくらいかな」


「それであんなにできるもんなの?」


「たまたまだよ。俺、運動とか苦手だし。運動だけじゃないけど、苦手なの」


風増は曖昧な返事で濁して首を縦には降らなかったが、確かにその通りだった。


層上充快そうがみみかい

彼と同級になってから3ヶ月、風増は彼の目立った活躍を見ていない。

他の人間が特別優れているというわけではない。

しかし、層上充快はこれといった長所が表れず、どこか鈍臭い印象で、風増の勝手な評価の針は、やや"よう努力"に振れていた。


風増はお手本のような質問をぶつける。


「層上って何部?」


「俺、部活入ってない」


「入ってないんだ。なんかやればいいのに。

活動の幅とか広がると思うよ。

それこそバスケ部とかいいんじゃない?」


「いや~、俺はホントに運動苦手なんだよ。

そもそも好きじゃないし。

ってか、そういう鞍端は何部なの?」


「俺は、他の生徒よりちょっと早く帰路につく部活」


「そうなんだ。

完全に入ってる話し方だったから意外だよ」


「でも、趣味は充実してるよ」


「趣味?」


「ああ。五仕旗ごしきって知ってる?」


「五仕旗?…」


充快は記憶から"五仕旗"を探る。


「ああ! あのカードゲームか! CMとかたまに見るよ。

小学校の時とかやってる子もいたな」


「そうそう。俺はその五仕旗が好きなんだよな」


「へぇ~、そういえばうちにもカードあったな」


「そうなんだ」


思いの外、充快の食いつきが良いので風増は嬉しく思った。


「もし良かったら、今度一緒に遊ばない?

俺、対戦する人あんまいなくて困ってるんだよな」


「いいけど、俺カード持ってないよ」


「それは俺のを使えばいいから」


「あと俺、ゲームとか苦手だし…」


「大丈夫だって。とりあえず遊んでみてよ」


「分かった」


「じゃあ、明日とかどう?

金曜日だし、次の日休みだから丁度よくない?」


「うん。じゃあ、それで。

楽しみにしとく」


**********


<翌日>


「今日、放課後、五仕旗でいいんだよね?」


「うん。このまま行く?」


「え? どっか行くの?」


「ああ。俺と勝負してもいいんだけど、会わせたい人がいるんだよね」


「そうなんだ。

俺は一回家に帰って、着替えてから行こうかな」


「オッケー。じゃあケータイに地図送っとくね」


風増は慣れた手つきで約束の場所を送信した。


**********


<廃墟>


結益知介むすびますともすけ

彼の持つケータイのスピーカーからは、タイムシフト再生で放送終了後の深夜ラジオが流れていた。


「えー、スタッカート吉田がお送りしております、

"目のクマは明日に持ち越し"。

番組公式サイトでは、メールテーマの確認の他、スタッフブログなどのコンテンツもお楽しみいただけます。

アドレスはhttp://…」


パーソナリティーがアドレスを告げる。


「ここからはテーマメール。

今週のテーマは"私にとってはクダルんです"。

リスナーの皆さんが、自分では大事だと思っているけど、人からは"くだらない"と言われてしまった出来事やこだわりなどを送ってもらってます」


そのパーソナリティーの男性が紙を手に取るような音が聞こえる。

メールを印刷したものだろうか、彼はそれを読み始めた。


「え~、RNラジオネーム:ラーメンのスープは別でください」


「それつけ麺じゃね?」


思わず風増が口を出す。


「それつけ麺じゃない?」


「同じこと言っちゃったよ、この人と」


照れている風増を見て、知介が少し笑う。


「僕の"クダル"ものは、あくび移しです。

僕はあくびをする時は、必ず人の前に行ってしています。

一応マナーとして、手で口元を覆うことはしていますが、自分がした後、少しして他の人がしているのを見ると、パズルゲームなどで連鎖が決まった時のような感覚になり、とても気持ちいいです」


「とても気持ちわるいだろ」


風増がまたツッコむ。


パーソナリティーが続ける。


「このことを友達に話したら、しばらくの間、物理的な距離をおかれました。

人以外にもあくびが移るのか気になったので、近所の犬の前でしたら、くしゃみをされて顔面がビショビショになりました」


風増と知介、吉田は笑っている。


「なにしてんだよ」


「あくび移し。

こんなことしてる人いるんだ。くだらねぇ。

連鎖ってなんだよ。最高何連鎖くらいいくんだろうね、これ。

今度やってみる? うちのラジオブースでも。

これ、二人とか三人とかでさぁ、狭い部屋でやったら、無限にできんのかな?

ずっとあくびして…あくびの方もビックリするんじゃない?

早く寝てくださいよっつって。

え~、RNラジオネーム:ラーメンのスープは別でくださいには、番組特製の安眠マクラ、"目のクマクラ"をプレゼントします。しっかり寝てくださいね、あくびばっかりしてないで」


一息つき、次を読み始める。


RNラジオネーム:What's my color?

私は仕事柄、人のクセや挙動を見ることが多いのですが、以前、ふと、人は一日に何回くらい瞬きをするのだろうと思い、遊ぼうと言って友達を家に呼び、友達の瞬きの回数を丸一日数え続けたことがあります。

後日友達に、実は勉強のために瞬きの回数を数えていたということを伝えると、

そんな人は後にも先にもあんたしかいない。あんたが一番の観察対象。とめちゃくちゃ驚かれました」


「やべぇな」


「うん、この人もだいぶクセあるな。

仕事柄、人のクセや挙動を見るって、何の仕事してるんだろ?

モノマネ芸人さんとかかな?

あんたが一番の観察対象。ってホントにその通りだよ。

よく集中力持つね。会話とかできんのかな、数えながら。

これもやるか? 今度うちで。

みんなであくびしながら、瞬き数えて…

なにしてんだよ」


作家が笑う。


RNラジオネーム:What's my color?にも、番組特製…」


「鞍端…」


その時、不安そうな様子で充快が部屋に入ってきた。


「おー! 迷わなかった?」


「あ、この子?」


寝転がっていたその男は、起き上がって再生機器を黙らせると、こちらに近づいてきた。


「俺は結益知介むすびますともすけ

知介って呼んでくれ。

風増と一緒に五仕旗やってんだ。

まぁ、同じ趣味をもった仲間ってとこかな」


第一印象は"怖そう"だが、20代半ばくらいだろうか、身長180cmを超えるであろうその男性は見た目に反してやさしそうな雰囲気だった。


「層上充快です」


「知介さんは強いんだぞ。

この俺が言うんだから間違いない」


「そのお前の実力をこの子は知らないだろ」


「もしかして俺の相手って」


「うん。知介さん」


「え! だって、この人、鞍端より強いんでしょ?

俺なんて勝てるはずないよ」


「俺より強いとは言ってない」


「でも結果的にそれが正しいかもしれないぞ」


風増が知介を軽くにらむ。


「いやいや、冗談だよ」


「とにかくだ。

対戦しながら説明も同時にするのは大変だろ。

だから、知介さんに相手してもらって、俺は後ろからお前を支えると」


「そういうことか。わかった」


「じゃあ、早速始めようぜ」


知介が意気込む。

彼は近くのテーブルの上にあったブレスレットを手に取ると、腕にはめ、そのまま充快とは反対方向に歩いていった。


風増が充快に説明する。


「五仕旗には、40枚以上のデッキと、1枚以上12枚以下で構築した先兵モンスターデッキが必要だ。

今日は俺が用意したものを使っていいよ」


「あ! そうだ。

俺の家にあったカードも持ってきたんだよ。これも入れていい?」


「いいよ」


風増はモンスターデッキのカードと充快のカードを入れ替える。


「このデッキケースにカードを入れて…」


そう言って、デッキケースとカードを渡す。


「それからこのベルトにデッキケースをつける。

ベルトを腰に巻くと、丁度、右足の腰から太ももくらいの位置にデッキケースがくるようになってるんだ」


充快がベルトをつけると、風増が言うようになった。


「それから起動スターター


「スターター?」


充快は腕時計を渡される。


「これ腕につけて」


「時計じゃん」


「見た目はね。でも、その実その中には五仕旗のゲームを円滑に進めるためのシステムとかデッキケースとの連動システムとか、色々入ってんだよ。

ちなみに起動スターターにも種類があって、今渡したのは時計型だけど、たとえば、知介さんのはブレスレット型とか、バラエティに富んでるんだよな」


「あれも起動スターターだったのか」


「それじゃあ、そのボタンを押して電源をオンにして…」


充快が言われた通りボタンを押す。


「ゲームスタートだ」


「五仕旗…」


突然、知介がそういうので充快は面食らった。


風増が説明する。


起動スターターが先攻・後攻を自動で決める。

ゲーム開始前には、先攻側が"五仕旗"と言った後、

両者同時に"3rd Generationサード・ジェネレーション"と合わせるのが慣習なんだよ。

まぁ、"対戦よろしくお願いします"みたいなもんだな」


「そうなのか」


「あぁ、そうか。初心者は知らなくて当然だよな。悪い悪い」


知介が仕切り直す。


「それじゃあ、改めていくぞ。

五仕旗…」


「3rd Generation!」

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