第117話 vsミノタウロス ⑫手繰り寄せた糸


(三人称視点)


(回復薬で稼いだ猶予は、せいぜい数分程度。それ以上はシアも僕ももたない)


 最後の攻防が迫る中、シテンは閃光のように思考を張り巡らせる。

 無論、並行して周囲の警戒も怠らない。

 ケルベロス達は既に大きく数を減らしているが、依然シテンの喉笛を食いちぎろうと、目を爛々らんらんとさせている。


(ここで殺す。こいつを解体して、皆で地上に帰る!)



「――【迷宮改変ダンジョンマスター】」


 そして先手を打ったのは、ミノタウロス。

 シテンとミノタウロスの間にはまだ距離があり、数を減らしたとはいえケルベロスが妨害してくるこの状況、シテンはスキルの発動を阻止することができない。


 だが今度の地形操作は、直接シテンを狙ったものではなかった。

 シテンの左右を挟むように、地面から巨大な岩壁がせり上がってくる。

 やがて出来上がったのは、シテンとミノタウロスを一直線に結ぶ道。


「【死の一本道デス・ロード】」


 ミノタウロスが最後に選んだ技は、逃げ場のない閉鎖空間を作り上げ、超威力の突進で敵を轢殺するミノタウロスの必殺技、【死の一本道デス・ロード】。

 邪魔者が干渉できないよう、ソフィアやケルベロスが介入できない閉鎖空間を作り、回避不能防御不可能の一撃で、シテンを葬るつもりであった。


(さっき見た、突進攻撃が来る……なら僕が取るべき選択は、カウンター!)


 対するシテンの最後の選択ラストチョイスは、突進を待ち構えた上でのカウンター。

 魔力も尽き、影にも潜れない今のシテンにとって、他の選択肢はない。


(僕がすり潰される前に、奴を【完全解体パーフェクトイレイサー】で完全に消し去る。残りの体力を搔き集めて、接触インパクトの瞬間に一点集中させて解体する。これしかない!)




 既に発動していた【完全解体パーフェクトイレイサー】のパワーを、手に持つ短剣に集約させる。

 制御しきれない解体スキルの力が、ガリガリと短剣を急速に解体し、摩耗させていく。




「…………」


 ミノタウロスには、“このまま待つ”という選択肢もあった。

 両者に残された体力は、僅かにミノタウロスがまさっている。

 時間が経てばシテンは解体スキルを制御できずに自爆するか、体力切れで戦闘不能に陥るだろう。


(やはり、それではつまらんな)


 しかしミノタウロスは、首を振って浮かんだ思考を掻き消した。

 魂を削りあうような極限の戦いなど、この先二度と同じ機会はないかもしれないからだ。

 ミノタウロスはこの戦いを、そんなつまらない結末で終わらせたくなかった。


 そして、最後の攻防が始まる。


「いくぞ……シテン」


 シテンを轢き潰すために、ミノタウロスが勢いよく地面を蹴る。




 その瞬間・・・・地面がシテンの・・・・・・・方に傾いた・・・・・


「なッ……下り坂!?」


 【迷宮改変ダンジョンマスター】によって、天秤を傾けるように地面を傾斜させたミノタウロス。

 平行だった地面が急に傾いた事で、シテンは思わずバランスを崩す。


(僕の体勢を崩しながら、坂を下って自分は急加速! 妨害と加速を一手で行なってきた!)


 ミノタウロスの驚異的な戦闘センスの前に、シテンは驚愕を隠し切れなかった。

 目の前には、弾丸と化したミノタウロスが迫っている。接触までに一秒と掛からないだろう。


(腕を犠牲にしてもいい。タイミングを合わせろ! 接触インパクトの瞬間を――)


 体勢を崩しながらも間合いをはかりなおし、再びタイミングを調節するシテン。

 ――それを嘲笑うかのように、ミノタウロスは次の手を打つ。


「終わりだ、シテン」


 ミノタウロスが下り坂を蹴り、再び急加速。

 同時に、傾いていた地面が平行に戻った・・・・・・


「……グッ!?」


 二度目の衝撃。

 天変地異の如く、自在に地形を揺るがすミノタウロスの力に、シテンは再びバランスを崩す。

 立て直す時間は、もう残されていない。


(そんな……!? ここまでして、まだ勝てないのか!?)


 シテンの目には、数瞬先の未来。自身とシアが挽肉のようにすり潰される姿が、はっきりと映っていた。





「シテンさんっ!!」


 そしてその未来は・・・・・・・・シアにも視えていた・・・・・・・・・


「シア!」


 影から出てきたシアが、体勢を崩したシテンの身体を、背後から支えていた。

 最小限のロスで、シテンは体勢を立て直す。


(ありがとう、シア。君が居なかったら、この怪物には勝てなかった)


 【完全解体パーフェクトイレイサー】の力を、一点に集中させる。

 しかし同時に悟ってしまう。シテンが解体するよりも早く、ミノタウロスが二人を叩き潰してしまう事に。


(まだ諦めるな。シアの覚悟を無駄にするな! シアが諦めなかったように、最後まで足掻き続けろ!!)


 極限の状況下で、シテンは足掻き続ける。

 一瞬、あと一瞬だけ、ミノタウロスの動きを遅らせる要素を探して。


(細い糸のような、ほんの僅かな可能性でもいい。手繰り寄せろ、勝利の可能性を――!)


「うおおぉぉ――ッ!!!」













 かくして両雄は激突し。

 勝者と敗者が決まり、英雄が誕生した。

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