第115話 vsミノタウロス ⑩闖入者


(三人称視点)


 シアの鑑定スキルが解除される。

 限界を超えたスキルの行使、その反動。

 もはや視力すら維持できなくなり、歪んでしまった視界はシテンにも影響を及ぼしていた。


(戦いに時間を掛け過ぎた……! ごめんシア、君をこんな状態になるまで消耗させてしまった!)


「ごめんなさい、シテンさん……」


 元々ギリギリの状態が続いていたところに、ケルベロスの襲来だ。

 Aランクモンスターが大群で押し寄せるという状況は、戦場を経験したことのないシアに、確かな重圧プレッシャーを与えていた。

 それが切っ掛けとなりシアは限界を迎え、三者の拮抗状態が崩れてしまったのだ。


(視界が歪む……一旦、視界共有を解除するしかない)


 左手に巻き付けていた『共視の糸』を解体し、シアとの視界のリンクを解除。

 シテンの視界は正常に戻ったが、シアの補助なしにミノタウロスの魂を捉えることはできない。


 そして何より、


「オォ、ンン? セイジョの身に、ナニかアッたのカ?」


(くそっ、やっぱり気づかれた!)


 ミノタウロスが、この戦況の変化に気付かない筈がない。

 『共視の糸』が切れていることに気付いたミノタウロスは、すかさずシテンとの距離を詰めてくる。

 周りに群がるケルベロスなど、ものともしない。


(不味い、今の状況じゃ勝ち目は無い。何か、打開策を)


 ケルベロスを蹴散らしながらシテンは思考する。

 だがいくら考えても打開策は思い浮かばない。もとよりこの勝負は、シアが戦えなくなった時点で決着は見えているのだ。


(ケルベロスが邪魔で、シアを逃がすこともできない。こんな時、どうすれば――)


 シテンが思考の迷路に迷い込もうとしていた、その時。



 けたたましい爆破音と共に、戦場となっていた20階層の壁が破壊された。



「「――!?」」



 シテンとミノタウロス、両者にとって予想外の事態。

 思わず双方共、音のした方向へ視線を向ける。



「――シテン! やっと見つけた!!」


 両雄の視線の先で、金髪紫眼の魔女ソフィアが、煤だらけの姿で立っていた。



 ――ソフィアがシテンの前に姿を現す、少し前。


「ケルベロスを足止めしろ! 倒す事は考えず、足止めに専念するんだ!!」


 【大鷲の砦】のリーダー、ジェイコスの号令の下、一糸乱れぬ統率で冒険者達が動く。


 数十匹のケルベロスに囲まれるという絶体絶命の状況に陥ったジェイコス、ソフィア、リリスだったが、彼らは諦めることなく、必死に抵抗を続けていた。

 一度ケルベロスと戦ったことのある彼らは、戦力差を痛い程よく理解している。

 決して倒そうなどとは考えず、足止めに徹して少しずつ、出口に向けて後退していた。


「奴らのルートを限定しろ! なるべく道幅の狭い道を選んで後退するんだ!」


 前回の戦いと違い、今度は地形がジェイコス達の味方をしていた。

 今いる14階層から地上までは、しばらく曲がりくねった洞窟が続く。

 道幅の狭いこの地形では、ケルベロスの巨体が通るのは難しい。

 これを活かし、ジェイコス達は常に多対一を維持できるように立ちまわっていた。


「「「GAAAOOO!!」」」


 ケルベロスが吐いた毒炎を、リリスの氷壁とジェイコスの衝撃波が吹き飛ばす。


(……辛うじて戦線は維持できているが、それもこの洞窟が続いている間だけだ。特に10階層は、遮蔽物のない巨大な広間。そこに辿り着けばケルベロスが殺到し、一気に窮地に陥るだろう。何か対策を考えなければ)


 ジェイコスは指揮を執りながら、内心で焦りを感じていた。

 多対一の状況が崩れれば、戦線は一気に崩壊する。それはこの場の誰もが理解している事だった。

 そしてソフィアは、苛立ちを募らせていた。


「こんな足止めに付き合ってる暇ないのにっ! シテンとシアを助けに行かないと!」


『アハハ、残念だったね。君たちは人質として役立ってもらうよ。ボロボロになったお仲間を見たら、シテンも戦いの手を止めるんじゃないかな?』


 ケルベロスの首元から伸びた蛇、ヨルムンガンドが嘲笑あざわらう。


『それにしても、まさかリリスまで一緒に居るなんてね。シテンとリリス、両方を確保できるなんて、僕はツいてるなぁ』


「えっ、私ですか!?」


 驚愕の声を上げるリリスだったが、実は薄々違和感は感じ取っていた。

 先ほどからケルベロス達の悪意はリリスに集中して向けられているし、誤って殺してしまわないよう、どこか手加減をしている節があるのだ。


「な、なんで私を狙うんですか!? 私、きっと食べても美味しくないですよ!?」


 ヨルムンガンドの言葉で違和感が確信に変わり、問いただすリリス。

 しかし蛇はその様子をせせら笑うだけで、答えを返さない。


『本当に分からないの? 忘れちゃったのかな? 僕が出張ってきたのも、ミノタウロスが暴れ出したのも、元はと言えば君のせいなのに? よくもまぁ人間達と、平然と仲良しごっこしてられるよね』


 そしてリリスの動揺した隙を突いて、ケルベロスが仕掛ける。


「リリスちゃんっ!!」


 三つの頭から同時に吐かれた雷撃がリリスの氷壁を貫き、そのまま意識を刈り取ろうとして――






 ――横から突如割り込んだ、骸骨兵・・・に防がれた。


「へっ……」


「えっ何!? このスケルトン何者ー!?」


 リリスとミュルドが唖然とするのをよそに、次々と骸骨兵――スケルトンソルジャーが、ジェイコスの背後、地上側から出現する。


『……は?』


 そしてこれは、ヨルムンガンドにとっても予想外の事態だった。

 勝手に戦場に割り込んだスケルトンソルジャー達は、ケルベロスの群れと応戦を始める。

 傍目から見て、その実力は互角・・と言えるものだった。


「なんなの……? 突然割り込んできて、ケルベロスと互角にやりあってるわよ……?」


「……いや待て。あの骸骨兵達は、まさか」


 ジェイコスは、骸骨兵の身体の一部に、が括り付けてある事に気付いた。

 身体に花を付けた、強力な骸骨兵の軍団。ジェイコスはその正体に心当たりがあった。


「あの骸骨兵は、味方だ……。Sランク冒険者【尸解仙しかいせん】が操る、骸の兵士達だ!」


「Sランク冒険者の、援軍……?」


 ソフィアの発言を裏付けるかのように、ヨルムンガンドが悪態を吐く。


『なんで、今更になって出張ってくるのかなぁ……都合が良い時に限って、お前らSランク冒険者は邪魔をしにくるよね』


『クク、そりゃあ、お前が油断して尻尾を出したからだろウ? ようやく掴んだぞ、貴様の尻尾』


 骸骨兵の中に一人、首から伝声のマジックアイテムをぶらさげた個体が居る。

 そこから特徴的な、掠れたような声が聞こえてきた。


『そこの魔女。この奥に進みたいんだろウ? ……私が手伝ってやろウ。この犬っころと蛇は、私ともう一人・・・・が引き受けル。その間にお前は、ミノタウロスが居る場所まで突っ切レ』


◆◆◆


リアルの方で引っ越し作業があり、ちょっと更新が不定期になるかもです……

申し訳ございません。

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