第97話 vsミノタウロス ①因縁の相手
「シア。悪いけどここからは、一人で地上まで戻ってほしい。――
お姫様抱っこの姿勢から、ゆっくりとシアを地面におろす。
全身血まみれだが、全て返り血のようだ。外傷などは見当たらない。これなら一人で動けるだろう。
さっきの【
僕とシアが、揃ってミノタウロスから逃走するのは不可能だ。
通路を塞がれたりすれば、僕が解体スキルで対処する必要がある。
そうなるとミノタウロスからの攻撃には対処できないだろう。シアを庇いながらだと、なおさらだ。
故に、ここからは分かれて動く。シアが逃げるまでの間、迷宮改変を使わせないように、僕がミノタウロスを足止めする。
「勇者達が露払いしてくれたおかげで、道中の魔物は少ない筈だ。そこに転がってるルチアを持っていったらいい。彼女なら【心眼】スキルで、魔物との遭遇を回避しながら地上に向かえる。――道案内できるよね、ルチア?」
「……ええ。私の力で助けられるのであれば、手を貸します」
地面に転がり血濡れになったルチアに念押しの確認をする。
シアに戦闘能力がない以上、魔物との遭遇を避けるにはルチアの協力が必要だ。
「ル、ルチアさん……? その姿はいったい? 生きているのですか?」
「私の事は心配ありません。それよりも早く、この場を離れましょう。私達では、シテンの足手まといになる」
ルチアの首を抱えたシアが、僕の背後の通路を潜る。
その直前で、シアが振り返った。
「……シテンさん。隠し事をしてきた私を、家族だって言ってくれて、とても嬉しかったです。……私、いっぱい話したいことや、伝えたい事があるんです。だから……無事に、帰ってきてください」
「もちろん。シテン兄ちゃんに任せなさい」
僕は片腕を上げて、ガッツポーズをしてみせた。
そして、シアとルチアの気配が遠ざかっていく。
残されたのは、僕とミノタウロスの二人だけ。
……ああ、イカロスも居たか。アイツは放置でいいか。回収する暇もないし、現状何の役にも立たない。
「別れの挨拶は終わったか?」
「そっちこそ、遺言は考えておいた?」
お互いに軽口を叩きながらも、慎重に様子を窺う。
ミノタウロスの強さはよく知っている。なにせ一度は戦った相手だ。
恐らく、過去一番の強敵になるだろう。
……その証拠が、目の前にある。
さっきの攻防で斬り落とした筈の、ミノタウロスのツノ。
それが傷跡一つ残さずに、
「やっぱり再生するのか……どうなってるんだよ、それ」
以前、勇者パーティー【暁の翼】がコイツに遭遇したとき。
僕はイカロス達が逃げる時間を稼ぐため、
足元の地面を崩したり、壁や天井を崩して生き埋めにしたり……足を斬り飛ばしてみたりもした。
だがそこで、信じられないものを目にした。
治らないはずの傷が再生を始め、斬った足が元に戻ってしまったのだ。
解体スキルを使っていて、初めて起きた想定外の事態。
当時の僕はその光景を見て、即座に“この場で倒す”という選択肢を捨てた。
理解不能な原理で再生する敵を相手に、解体スキルがどこまで通用するか未知数だったからだ。
幸いあのときのミノタウロスは迷宮改変を使ってこなかったので、僕が時間稼ぎに専念した結果、辛うじて全員逃走に成功した、という訳だ。
とはいえ、改めて見ても奴が再生する
【
ダメージが無いものを、いったいどうやって再生しているんだろう。
……解体スキルの再生阻害すら貫通する、奴の再生ギミック。
それを見極めなければ、恐らく僕の勝利はない。
そして、ミノタウロスが動きを見せた。
「さぁ……始めるぞ、シテン。簡単に死んでくれるなよ? ――【
迷宮が鳴動する。
壁、床、天井。迷宮の地形が変形し、四方八方から僕を押しつぶそうと迫る。
「【解体】」
対する僕は、解体スキルを四肢から発動させ、迫る岩壁をバラバラに砕く。
……さっきより規模は小さいが、予想より発動が早い!
事前にルチアに聞いていなければ、やられていたかもしれない。
「――【迷宮改変】」
「クッ……」
スキルの連続使用。
迫る岩杭を捌ききったかと思うと、すぐさま次の岩杭が迫ってくる。
このままじゃ埒が明かない……!
「解体ッ!」
僕は迫る壁を、砂状になるまで細かく解体する。
周囲を砂煙が包み込み、僕はミノタウロスの視界から一瞬、消える。
「そんな小細工は通用せんぞ!!」
ミノタウロスが叫んだ直後……
そう錯覚する程の、大規模範囲攻撃。
逃げ場などどこにもない。一秒と掛からず、辺り一面が天井に押し潰される。
「…………。手応えが、無い?」
天井が落ちてきたとはいえ、周囲全てが潰されたわけではない。
例えば、ミノタウロスの周辺。
ああいった大規模範囲攻撃は、自身が巻き込まれるのを防ぐために術者の周りが
「ッ!? さっきの、砂煙のときか!!」
「解体」
ミノタウロスの背に触れ、直接接触で解体を行う。
今度は臨死解体を使わない。ミノタウロスの身体が細切れになり、血肉が周囲に飛び散った。
でも、それも一瞬の事。
肉片になったはずのミノタウロスは、やはり即座に修復を始める。
まるで時間を逆回しにしたように、数舜の間に奴は完全に復活した。
そのまま拳で、僕を叩き潰そうとしてくる。
「無意味ッ!!」
「どうかな」
ギリギリまで引き付けて拳を回避し、再び解体スキルを発動する。
但し、さっきまでの解体スキルとは違う。
ケルベロスの素材から作った籠手、【
属性魔法の力と合わせ、新たに得た攻撃手段が、これだ。
「解体、炎魔法【獄炎】、同時発動--【
「む!?」
攻撃の隙を突いて、僕の手がミノタウロスに触れた直後。
◆
【
装備の力を借りているだけなので、派生スキルと言っていいものかは怪しいけど……その破壊力は確かだ。
「バラバラにしてもその断面から再生するなら……断面を焼いたら、どうなるのかな?」
爆風から逃れるために距離を取った僕は、注意深く爆心地を観察する。
ヴァンパイア、ヒュドラなど、再生力が高い魔物に対して、傷口を焼くというのはよく取られる手段だ。
問題は通常の魔物ではないミノタウロスに、それが通用するかだけど……
「……ック、ククク、フハハハハハハ!!!」
……土煙が晴れたとき。ミノタウロスは、五体満足でその場に立っていた。
「いいぞ、腕を上げたなシテン! 俺と初めて会ったときより、数段強くなっている!! この短い間に、二度もバラバラにされるとは!」
奴は、嗤っていた。
まるで戦いそのものが、楽しくてしょうがないと言わんばかりの表情で。
……だけど、僕は見逃さなかった。
ミノタウロスが再生する時、明らかにさっきより再生速度が遅くなっている事に。
……大丈夫だ。効果はある。だったら、勝機だって十分にある!
カバンから回復ポーションを取り出しつつ、僕は次の手を思案する。
「想定以上の強さだ、シテン。
ミノタウロスの気配が変わる。
直感で理解する。意識を切り替えたのだ。僕の確保から、殺害へと。
「お前は危険だ。ここで確実に始末するとしよう」
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