第39話 影の道

 17階層は広大な草原に、謎の石造りの建造物の残骸が転がるエリアだ。

 初めてここを通った時は、まるで砦跡の様に見えたのを思い出す。


「リリスちゃん、疲れてない? 痕跡が消えたらいけないから、強行軍でここまで来ちゃったし……」


「大丈夫です! ソフィアさんと一緒に訓練してレベルアップしたので、体力が有り余ってるんです!」


 ソフィアがリリスの体力を心配していたが、問題なさそうだった。

 さて、ここからが本番だ。


「リリス、早速だけど頼むよ。この辺りに犯人の痕跡らしいものは残ってるかな?」


「うーん……」


 側頭部の羽をピコピコと動かしてリリスがうんうんと唸り始めた。

 周辺の感情の残滓を探っているようだ。……もしかしてあの羽、センサーだったりするのだろうか。


 リリスが頑張っている間に、一応僕も周辺の様子を探ってみる。

 石レンガの壁の残骸に隠れるように、三人の冒険者が石になって固まっている。

 現場保持のため、敢えて石像をそのまま放置したらしい。固まった表情を見るに、やはり全員、何が起こったのか分からないまま石化されてしまった様だった。


「――見つけました! やっぱり影の中から強い悪意の残滓を感じます!」


 一方リリスは無事に感情の残滓を探知する事が出来たようだ。

 上空にある太陽のような謎の光源によって、石壁に影が生まれている。リリスはその内の一点を指差していた。


「よし、出番だミュルド。お前の【影魔法】で、そこの影を調べてくれ」


「はいはい了解~」


 リリスの報告を受けてジェイコスが指示を出したのは、薄紫のローブを頭から被った、猫背気味の少女に向けてだった。

 ミュルドと呼ばれたその少女は、リリスが指さした影に近づくと、持っていた杖を影に突き刺した。

 すると不思議なことに、まるで泥の中に突っ込んだかのように、ズブズブと杖が影に飲み込まれていった。


「あれは……彼女のスキルですか?」


「ああ。彼女はミュルド。俺と同じ【大鷲の砦】に所属する冒険者で、影魔法というスキルを持っている。文字通り影を自在に操ったり、影の中に物体を取り込んだり出来る。彼女なら影の中に残された情報や痕跡を、より詳しく調べられるはずだ」


 ……影の中に何か潜んでいる可能性はギルドに報告していた。だからそれを調査するために、影のエキスパートであるミュルドさんを調査隊に加えたのだろう。


 まるで鍋でもかき混ぜるように、影の中を杖で引っ掻き回しているミュルドさん。

 数分その様子が続いたが、やがて何かを掴んだのか、杖を影から引き抜いてこちらにやって来た。


「にひひ、掴んだよ手掛かり。影の中に、転移魔術を使った痕跡があったよ」


「ミュルド、それはつまり」


「この痕跡はよく知ってるよ、私もよく使う手段だからね。――影から別の影へと転移して移動したんだ。犯人はこの影を通じて長距離転移を行っているのさ。そして影の中から何かの方法で、冒険者を一瞬で石にしちゃう」


「――!」


 その話が本当なら、決定的な証拠だ。

 犯人は影から影へ、自在に転移して迷宮中を移動していたのだ。


「かなーり高度な魔術を使ってるねー。階層をまたいで、影のある場所なら自在に転移出来るみたいだよ。迷宮の色んな所で被害が起きてるのも納得だね。犯人は相当な魔術の使い手だよ」


「ミュルド。その影の中は、犯人の居所に繋がっているのか?」


「いんや、他の影に通じる道は閉じられてた。でも道が出来てからそれ程時間は経ってないし、今なら無理矢理道をこじ開けることは出来ると思うよ」


「道をこじ開ける……それはつまり、犯人の居所に辿り着けるってことですか?」


 ミュルドさんにそう尋ねると、彼女は首肯した。

 今までの停滞が嘘のように、状況は一気に進展している。傍で聞いていたソフィアも驚きと興奮を隠せない様子だった。


「遂に犯人の居場所が……! ジェイコスさん、すぐに追跡するべきよ! この機会を逃したら、二度とチャンスは来ないかもしれない。これ以上の被害者を防ぐためにも、私達で犯人を突き止めないと!」


「ソフィア、落ち着いて。ここは慎重になるべきだよ。現状の戦力で勝てる保証はないし、まだ石化させる手段が特定できてない。それに犯人が一人だけとは限らないんだ。複数犯だった場合、この先に全員都合よく集合してるとは考えにくい。不確定要素が多すぎる」


「そうだけど……でも、ここで手をこまねいていたって、何も情報は手に入らないわ。多少のリスクは覚悟する必要があるし、私は出来てるわよ。どっちにしろ、ここで何もしないっていう選択肢はないでしょ!」


 ソフィアの意見にも一理ある。

 今までロクな手がかりが掴めなかったんだ。ここで引っ込むようでは恐らく事態は進展しないだろう。その間に被害が拡大するのは避けられない。

 重要な手がかりである犯人の居所への道を見つけて、何もしないという選択肢は僕も悪手だと思う。


「うーん、ジェイコスさん、どう思いますか?」


「…………」


 ジェイコスさんは即答しなかった。今後の行方を決める大きな選択だ。当然だろう。


「……ミュルド。今から影をこじ開けたとして、どれくらい維持できる?」


「二時間くらいかな。その間私は道の維持に掛かり切りになるから、ここから動けなくなっちゃうよ。やるなら護衛が欲しいねー」


「今回の相手は、倒せると思うか」


「勝てる、とは言い切れないかな。痕跡から見ても、相当な魔術の使い手。最低でもBランク相当の強さだよ。下手するとAランクいくかも」


「…………。よし、やるぞ」


 ジェイコスさんは、覚悟を決めた表情をしていた。


「ここまで来て大人しく引き下がる訳にもいかない。……だが、元凶の討伐は必須ではない。今回の相手は影を操る魔術師。それも相当の使い手だ。今のメンバーで勝てるとは限らない。俺が討伐は不可能と判断したときは、速やかに退却し情報を地上に持ち帰る事を最優先とする」


「僕は異論ありません」


「……私も、それでいいわ」


「おっけー、決まりだね。他のみんなも呼んでくるよ」


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