第36話 リリスとの契約
リリスが石化事件の犯人に繋がる手掛かりを見つけ、僕らは地上に戻った後冒険者ギルドにその事を報告した。
情報の信頼性などでまたしてもアドレークと一悶着あったりもしたが、なんとか説得に成功した。他に手がかりもなかったしね。
冒険者ギルドは、リリスの情報を基に調査隊を派遣する事を決定した。
Aランク以上の冒険者は今ミノタウロスの件で出張っているらしく、こちらの調査隊にはBランク以下の冒険者が宛てがわれるらしい。
彼らとリリス、そしてリリスの同伴として、僕とソフィアも調査に参加する事となった。
現在は調査メンバーを選考中らしく、こちらには追って指示を出すとの事だった。
「というわけで、ギルドからの指示があるまでの間、リリスの戦闘訓練を行おうと思います」
迷宮第3層、いつもの狂精霊の狩場に、僕はリリスとソフィアにそう宣言した。
僕らが地上にいる間、リリスにはこの狂精霊の狩場近くの安全地帯で待機してもらっていた。魔物である彼女は、転移門をくぐって地上に出ることは出来ないからだ。
ここは狂精霊以外ほとんど魔物が出ないので、他の冒険者も来ない。余計なトラブルに遭う可能性も少ないだろう。
「はい! シテンさん、なぜ私に戦闘訓練を行うのでしょうか!」
地面に三角座りしたリリスが勢いよく手を上げて質問してきた。
先ほど調査隊を結成した事をリリスにも伝えたが、事後承諾であるにもかかわらず、喜んで調査に協力すると約束してくれた。魔物とは思えないくらい純粋で善良だ。生まれたての魔物だからだろうか。
「うん。今度石化事件の犯人を捜すために調査を行う訳だけど、その際に迷宮のもっと深い階層まで潜る可能性が高いんだ。当日は僕ら冒険者がリリスを護衛する予定だけど、迷宮の中では何が起こるか分からない。予想外の事態に対処するためにも、リリスにはある程度自衛が出来るようになっておいてほしいんだ」
リリスのレベルは1。逃げるのが得意らしいが、本人の戦闘力は皆無だろう。最弱の魔物と言われるコボルトにも苦戦するかもしれない。
今回の調査の要であるリリスの身に何かあってはいけないので、僕らは護衛と調査を並行する事になる。そのためにはリリス本人のレベルを上げておくと、こちらの負担が減るので助かるのだ。……僕ら冒険者の勝手な都合の押し付けをしているようで、若干心苦しいけれど。
「わかりました、では戦闘訓練とは具体的には何をするのでしょうか!」
立て続けに質問するリリス。既にプランは考えてある。
「戦闘訓練といっても、そんな大層なものじゃないけどね。まず、僕とソフィアの狂精霊討伐の周回に同行してもらう。そこで基礎的な知識を学びながら、リリスに合った戦闘スタイルを見つける。最終的には、魔物と実際に戦闘するところまで進めていくつもり」
「これは私の予想なんだけど、リリスちゃんは魔術での後方火力支援が向いてると思うのよね。迷宮で出会うサキュバスってみんな魔術使ってくるし」
「実は僕も同意見かな」
一緒に聞いていたソフィアが言った通り、リリスは前衛で戦うタイプには見えない。恐らく実際に戦い方や立ち回りをレクチャーするのはソフィアの役割になるだろう。
ちなみにソフィアは本来、店で石化解除薬を販売しているはずだったのだが、ギルドの指令があるのでシアに店番を任せて迷宮にわざわざ来てもらっている。
「魔術……! 昨日ソフィアさんが使ってた、炎を出す魔術みたいなのが私も使えるようになるんでしょうか!」
「先天的な技能の
率直に事実を伝えるソフィア。
確か魔法と魔術の違いは、『術者本人がその現象の仕組みを理解せずとも発動できるかどうか』だったっけ。
スキルや種族特性によって発動する魔法は、例えば炎を出す場合でも、術者本人がどういった原理で炎が出ているのか理解していなくても発動できる。
先日出会ったレッサーヴァンパイアが良い例だろう。明らかに理性が吹っ飛んでいても、問題なく氷魔法は発動できていた。
一方魔術は料理のレシピの様に、正確にその現象の原理を把握して、詠唱や魔法陣で精密に制御して発動する必要がある。
勇者パーティーに居るヴィルダや、ソフィアみたいなのは魔術師と呼ばれる。もし彼女らがレッサーヴァンパイアの様に狂乱状態になってしまったら、精密作業を要する魔術は使えなくなるだろう。
リリスの場合は魔法系のスキルを何も持っていないが、サキュバスの種族特性として魅了の魔法が使える。それに加え魔術を使えるようになれば、最低限の自衛は出来るだろう。
「……で、実はここからが本題なんだ、リリス。僕と『契約』をしてほしい」
「……はい?」
可愛らしく小首を傾げるリリス。側頭部の羽や背中の翼を無視すれば、十歳前後の幼女にしか見えない。
「契約内容は、『リリスに自衛の技術を教えるのと安全な場所を提供する代わりに、その間は人類に危害を加えない』。……冒険者ギルドからの命令で、リリスが確実に人類にとって安全な存在かどうか、契約っていう形で他の人に分かるように証明しなきゃならないんだ」
悪魔との契約は僕も初めてだ。人間、悪魔どちらかが条件を提示し、両者が合意すれば契約は成立する。
悪魔は一度交わした契約を絶対に守るという。人間に無害であることを証明する契約を交わすことが、リリスを庇護するための条件だった。
「もちろん僕とソフィアは、リリスが人間に害意を持っていない事は分かってるよ。それにここまで来てリリスの事を見捨てたりもしない。もし僕との契約が嫌でも、僕とソフィアが個人的にリリスを鍛えるつもりだ。だからリリスが嫌でなければ……」
「分かりましたシテンさん。契約しましょう」
リリスは僕の言葉を遮った。
エメラルドグリーンの小さな瞳が、真っすぐに僕を見透かしてくる。
「……いいの? 本当に」
「シテンさんだからこそ、契約するんです。スライムに襲われていたのを助けてくれた時、シテンさんは私を疑いはしましたが、決して敵意を向けたりはしませんでした」
「…………」
「魔物である私は、冒険者さんに見つかった時点で殺されちゃってもおかしくありません。シテンさんが優しい人だったから、私も人に優しくしようって思えたんです。……私はまだ、助けてもらった恩を返していません。だから私に出来ることであれば、シテンさん達の力になりたいんです」
……気づかないうちに、僕の事をずいぶん信頼してくれていたようだ。
もしかすると、ソフィアのわる~い魔女作戦が効いていたのかもしれないな、なんて。
「分かった。じゃあ、契約を結ぼう――書面とか要るのかな?」
「えへへ、悪魔との契約は口約束でも有効ですよ? 取り消しなんてもうダメですからね!」
リリスは舌を出して、ちょっと悪戯っぽく笑った。
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