第4話 解体スキルの真価

 迷宮都市ネクリア、その中心部に設置されてある転移門をくぐり、僕は迷宮【魔王の墳墓】の第1階層へと足を踏み入れていた。


 実は、僕がソロで迷宮に潜るのはこれが初めてではない。


 暁の翼に所属している間、僕は独学で戦闘技術を磨いていた。

 パーティーが休みの日などに、仕送りのためのお金稼ぎと戦闘訓練を兼ねて、時折一人で潜っていたのだ。


 ちなみに、僕が一人で迷宮に潜っていた理由はもう一つある。パーティーの資金調達の為だ。


 暁の翼のメンバーは金遣いがとにかく荒かった。ギルドからのクエストをクリアして報酬を手にしても、酒、女、ギャンブル、その他諸々、とにかくあっという間に金を使い果たしてしまうのだ。


 勇者パーティーに限らず、冒険者というのは金銭感覚が狂っている人が多い。イカロス達も、装備の整備やアイテムの補充などに必要な資金すら残さず使い切ってしまうので、僕が金銭管理をするしかなかった。

 それでも時々財政状況が危うくなったので、その度に不用品を売却したり、一人で迷宮に資金稼ぎに行ったりしていたのだ。


 冒険者ランクが上がっていくにつれ、一度の探索で得る金額も莫大になっていく。それに比例して、金遣いも荒くなっていく。

 彼らはその事を自覚していないので、僕は資金繰りがヤバいことを何度も説明したけれど、誰も改善しようとしなかった。それどころか、横領してるんじゃないかとか、借金して来いだとか無茶苦茶な事を言われる始末だった。

 僕が抜けた後のパーティーの金銭問題はどうなるんだろうか?

 ……まぁ今となっては、僕が考える事じゃないか。今は自分の事を考えなくては。



「ああ、こんなこと考えてたらダメだな。迷宮の中なんだから集中しなきゃ」


 そろそろ魔物が出てきてもおかしくない頃だ。口に出して意識を切り替える。

 今の僕はロクな防具すら着けていない状態だが、解体用のナイフさえあればこの1階では十分通用する。油断しなければ問題ないはずだ。


 慎重に通路を進んでいくと、やがて前方に魔物の気配を感じ取った。


「ウギャッ、ギャッギャッ」


「コボルトか」


 犬が二足歩行したような魔物、コボルト。この1階ではメジャーな魔物だ。

 相手は一匹だけ。こちらの存在には気づいていない様子だが、周囲に岩陰が多い。迂闊に接近して、もし他の魔物が隠れていたら面倒だ。

 ……よし、誘い込むか。


 コボルトを見つめながら、頭の中で“ステータス”と念じる。


▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

【コボルト】 レベル:4

性別:オス 種族:魔物(コボルト)


【スキル】

なし


【備考】

なし

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲


 視界にコボルトの情報、ステータスが表示された。

 相手の情報を知りたいときは、こうやってステータスを表示するのが一番だ。だが、今回は情報を見るためにステータスを開いたのではない。


「ギ?」


 他人のステータスを覗くと、その相手は『誰かからステータスを見られた』という事が分かってしまう。

 目の前のコボルトも、ステータスを見られたことを感知したのだろう。僕を探しに、こちらに向かってふらふらと歩いてきた。

 岩陰に身を隠していた僕は、おびき寄せたコボルトを急襲する。


「――ギャッ!」


 がら空きになっていたコボルトの胴を、解体用ナイフで浅く切り裂く。

 そして宣言する。


「【解体】」


「ギッ!? ァ――」


 次の瞬間、微かな断末魔を残して、コボルトの肉体はバラバラに解体された・・・・・・・・・・

 頭、胴体、両手、両足。まるで鋭利な刃物で切断されたかのように、パーツごとに分けられて地面に転がった。もちろんコボルトは即死だ。


 これが僕の持つスキル、ユニークスキル【解体】の能力。

 対象を発動者の望むままの形に、バラバラに解体してしまうスキル。

 勇者パーティーに居た頃はもっぱら魔物の死体を解体するばかりだったが、別に死体にしか効かないわけではない。こうして攻撃に転用する事も可能だ。


「ギャッ、ウギャギャッ!」


「ギーッ!」


 ……コボルトを一匹楽々倒せたが、気を抜く暇はないようだ。通路の奥から二匹、新たなコボルトが現れた。恐らく今倒したコボルトの仲間だったのだろう。

 床に転がった同胞の惨状を見た二匹は、叫び声をあげながら僕に襲い掛かってきた。


 僕はナイフを構え、横に一薙ぎ、空を切る。

 刃の軌跡が、こちらに走ってくるコボルトの姿をなぞるように閃き、そして告げる。


「【遠隔解体カットアウト】」


 スキルの名を口に出した瞬間、走ってきていた二匹のコボルトの胴体が、刃に触れてもいないのに真っ二つに切り裂かれた。


 これが僕のもう一つの攻撃手段、【遠隔解体カットアウト】。最近習得したばかりで、解体スキルの派生技だ。

 通常の解体スキルは、対象に触れているか刃物を当てないと解体出来ないのだが、この技は遠く離れた相手も解体出来るのだ。


 キャンバスに線を描くように、刃物で“切り取り線”を描く。

 するとその線がそのまま斬撃となって飛んでいき、その進路にあった対象を切断してしまうのだ。

 切り取り線を描く、という予備動作が必要だが、一度発動すれば斬撃は不可視。初見で回避するのは極めて困難だろう。

 実際二匹のコボルトは、何が起こったか分からないという表情で絶命していた。


「……よし、腕はなまってなさそうだ。むしろ調子良いかも?」


 辺りを警戒するが、他の増援は来ないようだ。

 なら死体が消える前に、さっさと後処理を済ませてしまおう。


 迷宮【魔王の墳墓】には多種多様な魔物が生息しているが、それらは『外』の魔物とは決定的に異なる、ある共通の性質を持つ。

 それは迷宮に棲む魔物が命を落とすと、その死体は数分で塵になって消えてしまう、というものだ。

 代わりに死体のあった場所にはドロップアイテムと呼ばれる物質が残る。冒険者はそれを回収してギルドなどに売ることで生計を立てているのだ。


 但し、ドロップアイテムは何が入手できるかは完全にランダム。

 魔物によって落とすアイテムは決まっているが、物によってはドロップ率がかなり低いこともある。運が悪ければ、狙ったアイテムを入手するのに何度も同じ魔物を倒すハメになってしまうのだ。


――但し、僕だけはその法則ルールを、潜り抜ける裏技を持っている。


「解体」


 後処理のためにコボルトのバラバラ死体に触れて、スキルの名を告げる。

 すると皮、肉、骨、牙、魔石、その他と、各素材ごとにバラバラに解体された。


 僕の持つ解体スキルの性質――それは、一度解体した魔物の死体は、時間が経過しても消失しないというものだ。

 これが何を意味しているのかというと、魔物の体内から、狙った素材を確実に入手することが出来るのだ。


 例えば、コボルトの魔石というアイテムが欲しいとする。

 コボルトの体内、心臓の近くに魔石は埋まっているが、それを直接えぐり出して回収することは出来ない。魔物が死ねば、その死体は全て消滅するからだ。

 死体から離れた場所に魔石を移動させても、『コボルトの肉体の一部』と判断されたものは全て消滅する。後には血の一滴すらも残らない。

 なので、コボルトの魔石を入手するにはドロップアイテムとして手に入れるしかない。ちなみにドロップ率は二割程度だ。


 一方、ユニークスキル【解体】は、コボルトから直接魔石をくり抜いても、その魔石はずっと手元に残ったまま。コボルトが死亡しても、塵になる前に解体スキルを当ててやれば、素材として解体されたまま永遠に残り続ける。


 つまり魔石に限らず、魔物の死体に目的の素材が残っていれば、100%の確率で僕はそれを入手できる。ドロップアイテムの法則に縛られず、安定して素材の供給が可能なのだ。

 これが解体スキルの真価と言えるだろう。

 もちろん、解体スキルには他にも使い道はある。例えばドロップリストにも存在しない、解体スキルでしか入手できないアイテムを手に入れる裏技などだ。

 まあ今回は裏技を使う意味はなさそうなので、今は考えなくても良いだろう。


「牙と魔石はギルドで買い取ってもらえるから回収。他の素材は……卸先おろしさきがないし、今回はスルーかな」


 三体分の死体を素材ごとに解体した僕は、ゆっくりと回収する素材を吟味する。

 結局、回収したのは牙と魔石だけだった。この二種類の素材はギルドで買い取ってもらえる。


 残った死体は邪魔なので、解体スキルを解除する。するとたちまち死体は光る塵となり、飛び散った血痕も消え去った。後片付けも便利なのが解体スキルの良い所だ。


「お、ドロップアイテム」


 運の良いことに、ドロップアイテムまで残してくれた。コボルトの魔石だ。

 一匹のコボルトから魔石を二つも獲得出来た。これぞ素材の二重取りである。この調子で行けば、すぐに数日分の生活費を稼ぐことも出来るだろう。これも解体スキルのお陰だ。


 勇者パーティーからは、死体を切り分けるだけのゴミスキルなんて言われてたけど、僕はそうは思わない。

 他人から見ればこのスキルの強みは分かりにくいかもしれないが、解体スキルは使い方次第で凄いスキルに化けるはずだ。


 よし、このまま探索を続けよう。予想外のアクシデントさえ起こらなければ、きっと難なく資金を稼げるはずだ!

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