50 根源龍②

「させねえ! 絶対に!」


 根源龍に俺が脅威であると認識させられれば、こっちを標的に切り替えるはずだ。いくらフレイムオリジンの時の様に奴の命令を聞くようにされているとしても、放置しておけば確実に自らの脅威になる存在を放ってはおかねえはず。


「こっちだァァ!!」

「……」


 全力の一撃を食らわせた。だが、根源龍は全く俺に反応を示すことは無かった。


「何故だ……」


 俺の攻撃によって確かにダメージは負っている。傷口だって完全に無視出来るほどに軽微なもんじゃあないはずだ。現に流血だってしている。少なくとも俺を脅威として認識しないのは不自然過ぎる。


「……まさか」


 深淵龍の方を見た。奴は最初から全てがわかっていたかのように嘲笑していた。


「気づいたかな? 思ったより早かったねえ。そうさ。既に根源龍にはどんな手を使ってでも目標を壊滅させろと命令しているのさ」

「てめえ……!」

「対となる根源龍だけど、どうせ一つになるんだったら状態とかどうでも良いからねえ。それなら少しでも君を絶望させて苦しむ様子を楽しませてもらった方が得だよねえ?」


 最悪だ。今まで出会って来た奴の中でも最悪の精神性をしていやがる。組織の腐敗や野望を抱いての蛮行が可愛く見えてくるくらい、奴の精神は邪悪過ぎる。


 ……となりゃあ、もう根源龍を倒すしかねえのか。


「それがわかれば十分だ! アイツを倒せばいいんだからな!」

「おお、やる気十分だねえ。ま、倒せれば……だけどね」


 奴は俺は根源龍に勝てないと思っているみたいだな。確かに能力差ははっきりしている。さっきの攻撃でアイツの耐久力はだいたいわかったが、極龍の回復能力を加味するとかなり怪しいだろう。だが、俺には蝕命がある。今までの傾向からすれば、根源龍もフレイムオリジンと似たような特徴を持っていてもおかしくは無い。


「獣宿し『蝕命』……あぐぁっ!?」


 蝕命の力を発動させた瞬間、全身から血が噴き出しやがった。まるで内側から何かが破裂したかのようだ。


「はぁ……はぁ……」


 奴は何もしていない。何かをした気配も無い。だが俺は確かにダメージを受けた。蝕命を使った瞬間に破裂するかのようなダメージ……もしや吸収した魔力が原因か? 奴が言った魔力ゲノムといったもんに何かしらの能力も乗せられるとしたら……クソッ原因がわからねえ以上は下手に蝕命は使えねえか。


「獣宿し『天雷』!」


 やはり地道に削っていくしか無い。出来る限りの魔力を込めて攻撃を行い続ければ奴の回復能力を上回れる……はずだ!


「……」


 やはりどれだけ攻撃をしても反応を示さない。気づけば避難キャンプまでの距離もかなり短くなっていた。これ以上コイツを進ませるわけには行かねえ。


「獣宿し『剛鎧』!! 止まれェェ!!」


 こいつ自身が止まらねえなら、俺が直接受け止めるしかねえ。


「ウオオォォォ!!」


 駄目だ、全く速度が落ちねえ!


「……ウガアアァァ!!」

「何っ!?」


 今まで何の反応も示さなかったはずの根源龍は突如魔力を集め、避難キャンプに向けて放ちやがった。


「うっ……ぐ……」


 不味い、剛鎧の強度を持ってしても体の大部分を持っていかれちまった。あの威力を至近距離で食らったのが不味かったか。いや、もっと不味いのは避難している皆への被害だ。あの威力だと熟練の冒険者でも耐えられるかどうか……。


「……嘘だろ。リーシャ……リーシャは!?」


 避難キャンプの半分ほどが消滅していた。根源龍の攻撃による影響で、地下深くまで大穴が開いている。こんな攻撃、どう考えたって人の身で耐えられるはずがねえ……。


 そんな状況だと言うのに、俺は咄嗟に魔力探知でリーシャの反応を探していた。今この状況でたった一人の安否を確認するべきじゃ無いのはわかっていた。それでも確認せずにはいられなかった。


「あった……!」


 消滅した所とは別の場所にリーシャの反応はあった。考える間もなく、彼女の元に向かっていた。


「リーシャ!」

「ショータ様!?」


 ギリギリの状態でリーシャのところまでたどり着いた。ついさっきぶりだってのに、リーシャの姿を見ただけで安堵の息が漏れる。だが今この場において、そんな油断をしたのが間違いだった。


「ガアアァァッッ!!」

「……え?」


 リーシャの後ろから根源龍が現れた。確実に俺よりも後方にいたはずの根源龍が、何故かリーシャの後ろにいた。そして奴は大きく口を開けて……


「やめろ……」


 体の大部分をもっていかれたせいで上手く動けない。獣宿しの力も上手く発動出来ない。どう足掻いてもリーシャを助けられない。


「ショータ!!」

「うわっ!?」


 俺の名を呼ぶ声とともに、リーシャがこちら側へと突き飛ばされた。


「ノア……!?」


 先ほどまでリーシャがいた場所にはノアが立っていた。


「ショータ、リーシャを幸せにしてやらないと許さないからな」

「おい、何を……」

「結局アンタを落とせないまま別れることになってしまうけど、こんな別れ方をすればずっと僕の事を覚えていてくれるよな。……じゃあね、ショータ」


 ノアは根源龍へと飛び込んでいき、刹那の間もなく爆発した。最後に見えたノアは組織と戦うことを選んだ時の、覚悟の決まった目をしていた。


「ノア……」


 以前乗船都市の図書館で読んだ本に書いてあった、己の生命力も魔力も全てを使って最大の一撃を放つ技。まさかノアが使えるとは思わなかった。……まただ。また別れの挨拶も言えないまま大切な人と別れることになった。


「仇は取る……絶対に」


 絶対に仇は取る。根源龍も深淵龍も、俺の手で倒してやる。幸い、口内で爆発された影響か根源龍は未だ動かずにいるからな。俺も限界の状態だが、既に弱点は見えているんだ。もうこれ以上は何も奪わせねえ。


「ショータ様……!?」


 奴の弱点は内部からの攻撃だ。外側からの攻撃はすぐに回復していた奴も、口内の爆発による傷を治すのには苦労している様子だ。ただ自ら奴の体内に入ろうとしている今の俺の姿は、リーシャからしたらとんでもない行動をしているように見えているのだろうな。


「大丈夫、すぐに終わらせるから」


 極力心配をかけないようにリーシャに声をかけ、根源龍の体内へと入っていった。


――――――


「こいつは……」


 根源龍の体内は完全に異空間のようになっていた。消化器官と呼べるようなものは一切ない。同じように臓器のようなものも全く見受けられねえ。宇宙空間のようなだだっ広い空間がひたすら広がっている。


「……あっちか」


 魔力探知は正常に……かどうかはわからないが、一つの大きな反応を示している。恐らくそれがコイツにとって重要なものなんだろう。


 しばらく反応を頼りに進んでいくと、光る巨大な石が見えて来た。と同時に、見覚えのある姿も視界に入って来た。


「極水龍……? それに……」


 五体の黒い影。その内の三体には見覚えがあった。極水龍、極雷龍、極氷龍にそっくりだ。そしてもう二体にもどこか見覚えはある。一体はフレイムオリジンに、そしてもう一体は極龍にどこか雰囲気が似ている。恐らくこの五体はこの石を守っているってことだろうな。


「……」


 五体の影たちは何も言葉を発しない。プライムドラゴンとしての自我は無いってことか。倒すしか道は無さそうだな。


「獣宿し『天雷』!」


 魔力もかなり回復してきているから、もう獣宿しの力を発動できる。とは言え、プライムドラゴンをまとめて相手にするとなると天雷でどこまで通用するかは未知数だ。


「……!」


 俺の魔力に反応したのか影は動き始めた。だが思っていたよりもその速度は遅かった。


「よっと……思ったより遅いな。なら!」


 あまり時間をかける訳には行かないからな。一気に決めさせて貰おう。


 魔力を集め、一筋の線にして次々に影に向けて放っていく。どうやら耐久性も本物に比べたらかなり低いようで、次々に影は消滅していった。……しかし、消滅したそばから影は復活し再び襲って来た。


「チッ、厄介だな」


 いくら消滅させても影は何度でも復活し続けた。このままじゃあ埒が明かないな。無理をしてでもあの石をどうにかする必要がありそうだ。……だが仮にも最上位種の形を持つ者を五体相手にして突破できるのか? いや、どちらにしろ他に方法は無いんだ。やってみるしかねえだろ。


「今だ……!」


 天雷の速さを使って、雷のように影の隙間を縫っていく。影も中々の速さを持つようだが、俺の方が遥かに速かった。これなら最初からこうするべきだったのかもしれない。


「後はこれを……!!」


 ありったけの魔力を込めて石へと攻撃した。すると石は砕け散り、その光を失った。それと同時に空間が歪み始め、あれだけ鬱陶しかった影たちも姿を消していた。


「これで良いんだよな……? よし、まずは外に出よう。確認はその後だ」


 元来た道を戻り……って、そういえばここには魔力反応を頼りに来たんだよな。どうすっか……うん?


 空間の歪みを裂くように、真っ黒な何かが向かって来ていた。闇と言うのが適切な表現だろうか。まあそれは今は良い。重要なのはあれがこっちに向かって来ているってことだ。あれから逃げ続ければもしかしたら……可能性はあるな。


 一筋の希望に身を任せて闇から逃げ続けていると、光る何かが見えて来た。予想した通り、外に出られそうだ。


「ショ、ショータ様!」

「リーシャ、ちょっと我慢してくれよ!」

「うわぁっ!?」


 リーシャを抱えて根源龍から離れる。この場にいるのは不味い予感がしたんだ。


「グォ……グボァァァッァ」


 予感の通りだった。奴は大量の闇を吐き出していた。あの場に居れば巻き込まれていただろう。


「よし、魔力量もだいぶ減っているな。リーシャ、少し待っていてくれ」


 リーシャを離れたところに降ろし、もう一度根源龍へと飛んだ。あの石を破壊したことでヤツの持つ魔力量は大分減っている。今ならとどめを刺せるはずだ。


「うおぉぉ!! これで終われぇぇ!!」

「アグァァアァアアッァ……ァァ」


 根源龍は断末魔を上げ、力なく崩れ落ちた。回復している様子も無いし、無事に倒せたようだ。

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