19 研究の産物
「すまない……私もこれまでのようだ……」
「アルフィー!」
クソッ……アルフィーまでゾンビになっちまったぞ。こうなったらこの場の全員を倒さないといけない。許してくれよ。お前らをこのまま地上に出すわけには行かねえんだ。
「獣宿し『炎龍』」
完全に焼却するために剛鎧を解除し、炎龍の力を両手に宿す。だがその一瞬の隙に、アルフィーは俺に向かって飛びこんで来た。
「しまっ……!」
咄嗟に後ろに跳ぶが、それが悪手だった。部屋の角に追い込まれてしまった。
そもそも狭い部屋で戦う事を選んだのがミスだったんだ。流石にこの狭い空間でゾンビ三体を相手にするのは難しいに決まっている。
部屋の奥まで追い込まれ、ゾンビ化したアルフィーはもうすぐそばにまで近づいている。俺はここで終わっちまうのか……?
「んぁっ……んぅうぅっぅ!?」
……何が起こったか理解できなかった。アルフィーは俺に噛みつくことなく、ひたすらに耳をしゃぶっていた。
「何、してやが……っぁ」
マジで状況が理解できない。何故こいつは俺の耳をしゃぶっているんだ……?
……いや思い出した。こいつはあの衛兵だ。国に入る時にやたらと耳を触って来たあの衛兵だ。だがそれが何の関係が……。いや、これも確かダグラスが言っていたな。欲望のままに活動する獣だってな。つまりあれか。こいつは食欲よりも睡眠欲よりも何よりも、獣人の耳をさわりたい欲を持っていたってのか。ふざけてんのか?
……だが状況説明としては辻褄が合う。
「じゅぷっ……ぐちゅ」
「や、やめろ……んくっ」
あああああああ!! 女みたいな声を出すな俺!
クソッ体に力が入らねえ。耳がなんかすげえ敏感になってやがる。舌を巧みに動かして中の方までねっとりと弄りやがって……と言うかこいつ耳を責めるの上手すぎだろ普段からやってんのか!?
速く何とかしねえと死ぬよりも恐ろしいことになっちまう……ああ駄目だ、力が……。
「……はっ!? 私は一体何を!」
「……え?」
え、何どういうことだ何が起こった?
「私は確かダグラスに噛まれてアンデッドになって……駄目だ、そこからの記憶が無い」
「あーなんも覚えてないならそれでいい」
「いや、そういうわけには……」
「良いから何も考えんじゃねえ! わかったな!」
「あ、ああ……」
よくわからないがアルフィーは元に戻った。記憶が無いのならそれに越したことは無い。あんな恥ずかしい姿と声、覚えられていても困る。
「せめて苦しむことが無いように一瞬で終わらせてやる」
塵も残さず二人を完全に焼却した。残った細胞から感染する可能性もあるからな。
「クラーク、ダグラス……すまなかった」
「ヤツを追おう。二人の死を無駄にしねえようにな」
「ああ……!」
あの学者が逃げて行った扉を無理やりこじ開けて先に進んでいくと、今度は実験室のような場所に辿り着いた。培養液のようなもんで満たされたカプセルがそこら中にある辺り、ここが重要な施設だってのは間違いなさそうだ。
「もう出てきたんだ。思ったより早かったね」
「降参して知っていることを全部吐いてくれれば命だけは助けてやる。命だけは……だがな」
「はははっ。これではどちらが悪役かはわからないね。でも私は諦めるつもりは無いよ」
「何だ、急に地響きが……!」
地面が揺れている。何か大きなものが蠢いているような不規則で重い響きだ。
「私の最高傑作を見るが良い!! さあ、プライムフレイムドラゴンよ……いや、もはや龍種の枠組みになど収まらない。さらなる強化を得た君はプライムフレイムロードだ! 最強の炎そのものとなった君の力を見せてくれ!!」
「ショータ、あれを!」
「おいおい、何だありゃあ……」
学者の後ろの壁を壊し、なにか巨大な物体が入ってきた。極水龍と似た翼と牙を持つその姿から、ヤツの言う通りプライムフレイムドラゴンだということはわかる。だが全体像を見るともはや怪物としか言い表せなかった。全身の肉体がクラークたちと同じように溶けかけている。しかしそれを炎のような謎の物体で覆っていることで体を維持してやがる。
「大変だったよ。洗脳も中々効かなかったからね。それに魔族化のウイルスも効きが悪いときた」
「ウイルスだって?」
「おっと、これ以上は危ない。まあそう言う事だから、時間をかけて作り上げた私の最高傑作に蹂躙されてくれよ」
「お断りだ!!」
極水龍と同じプライムドラゴンなら、ヤツの身体能力も大体は把握できる。
「グ……グアアアァァ!!」
流石はあの極水龍と同格の龍だ。かなりの速度で跳んだはずだが普通に反応された。だがまだ終わりじゃねえ。
「炎になら水って相場は決まってるよな! 獣宿し『
明水の力で大量の水をぶっかけた。だが残念ながらあまり効いていないようだ。よく見りゃあ当たった瞬間に蒸発してやがる。あまりにも高温の炎は水すら受け付けないか。
「水ごときでは私のフレイムロードは止まらないよ!」
「さーてどうすっかね……」
水は効かない。直接攻撃はあの炎のような物体に阻まれる。同じ炎で攻撃した所でロードの名を冠しちまったアイツには通らないだろう。
「今度はこちらから行かせてもらおう! 行けフレイムロード!」
「グワアッァアァァアア!!」
「うおっと」
危ねえな。ノーモーションで炎を吐いてくるんじゃねえよ。いやもう吐いたってか体に纏っているもんをそのままぶつけてきたって方が正しいか。
「今のを避けるんだ。中々やるねえ君。でもこれならどうかな!!」
「今更何をしたって……おおわぁっ!?」
溶けた体を飛ばしてきやがった。まさかそんな攻撃してくるとは思わないだろうがよ。
「うぐぁっ!」
「アルフィー!?」
しまった、ヤツの標的はアルフィーの方だったか!
「ぐっ……」
「半魔族化したフレイムロードの体は触れるだけで対象を魔族にするんだ。醜い仲間争いをするといいさ」
何だと!? 不味いまたアルフィーがゾンビに……。
「……あれ、何ともないな」
「うん? どうなっている。私の研究は間違っていないはずだ!」
アルフィーはゾンビにならなかった。だがその理由がわからない。そう言えば元に戻った理由も謎のままだ。
「ありえない……魔族化ウイルスに抗体でも持っていない限り……。それかアンデッドの特性を引き継いでしまっているのか……?」
「アンデッドの特性だと?」
「ああそうさ。私の開発した魔族化ウイルスにはアンデッドの能力も込められている。その強い執着を使って人を襲わせるためにね」
強い執着……?
そういえばクラークとダグラスは迷いなく人に噛みつこうとした。だがアルフィーは違った。彼は俺の獣耳に強い反応を示していた。
「アンデッドには本能的欲求を数十倍に引き上げる能力がある。それによって食欲が跳ね上げられ、人を襲うんだ」
「本能的欲求……」
信じたくは無かった。だがそれしか今現在の情報で考えられることは無い。アルフィーがゾンビから戻ったのは……。
「アルフィーはゾンビになった」
「なんだって?」
「あ、ああそうだ。記憶は無いんだがな」
「まさか抗体が……」
「それもあるんだろう。だがそれだけじゃない。彼には食欲よりも優先される欲求があったんだ。それについて何か心当たりは無いのか?」
「何だいその荒唐無稽な……いやありえるか? もしその性質がアンデッドのものによるとしたら……」
敵前だってのにぶつぶつと自分の世界に入りやがった。根っからの学者肌なんだなこいつは。だがこいつはチャンス。その隙に狩らせてもらおう!
「グルルゥゥウヴヴ!!」
チッ……そう簡単には行かないか。アイツを守るように洗脳されているっぽいな。
「ウゴオオォォォ!!」
「うぐぉ!?」
「アルフィー!!」
不味いな。ヤツはアルフィーの方が弱いってことに気付いていやがる。このまま攻撃を許せばあっという間にアルフィーは死ぬだろう……いや、よく考えたらおかしく無いか?
俺でも怪我を負うかもしれないヤツの攻撃を受けて、普通の獣人が体を保っていられるだろうか。
「なるほどそういうことか。はっはっは! こいつはやられたな」
「うお、急にどうした」
俺の思考をかき消すように、ヤツは急に笑い出した。マッドサイエンティストで良く見る奴だ。きっとここからさぞすんげえ話を聞かせてくれるのだろう。
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