6 休息2

「ごちそうさま。いやー美味かった」

「ありがとうございます!」


 野菜のスープは甘味と旨味が凝縮していて口に含んだ瞬間の破壊力が凄い。かといってすべての具材が完全に溶けているわけでも無く心地の良い食感も残っている。つまり火を通し過ぎと言うわけでも無いということだな。これはちょうど良い火加減と調理時間を把握しているからこそ成せるものだ。俺自身自炊をしないわけでは無いが、これほどまでのもんが作れたことはねえな。


「それじゃあ二日ぶりの風呂に入ろうかな。あ、俺が先に入っても良いか? 男の後に入りたくなけりゃリーシャが先でも良いんだが」

「ふぇ!? ショータ様より先になんてそんな! って男……? どういうことですか?」


 あれ、リーシャには言って無かったんだっけか?


「どう見ても女性ですし、ギルドでも石板には女性と表示されていましたよね?」

「あー色々あってな。俺男なんだ。よくわからねえんだが体が女になっちまってる」

「そんなことが……でもショータ様が嘘をついているとは思えません。私は信じます」

「そうか、ありがとう」


 リーシャの目はまっすぐに俺を見つめていた。完全に俺のことを信用している目だ。これだけ俺の事を信じ切ってくれるとなると下手なことは出来ないな。まあ俺だってこの子を守り通すって決意したんだ。下手なことをする気は毛頭ないが。


「でもショータ様の体は女性なのですよね?」

「あ、ああそうだが……」

「それなら一緒に風呂に入っても……その、間違いは起こらないと思うのですが」


 ……うん?


「それは……一緒に入るという事は一緒に入るという事か?」


 いかん突然のことに脳が空回ってやがる。


「そうです! お背中お流ししますから!」


 これは駄目だ。さっきと同じまっすぐな目で見てきやがる。恐らくどれだけ言っても引き下がらないぞこれは……仕方がねえか。




「ふぅ……」


 二日ぶりの風呂ってだけで日本人としては結構キツイもんだ。夏場であってもせめて毎日シャワーは浴びたい。そんなわけでゆっくりと熱いお湯に浸かるのがこれほどまでに気持ちが良かったのかと、たった二日のブランクで思い知らされているわけだな。


 ……このまま野宿生活だったらどうしようかと思っていたが、まさかこんな生活を送れるようになるとはな。ここに来てから今までに無かったことばかり起こりすぎて、流石の俺も少し疲れたぜ。今は一旦この休息を堪能するとしよう……というわけにもいかねえんだなこれが。


「はふぅ……」


 なんてこった隣にリーシャがいる。てかなんで隣なんだ。浴槽は結構広いんだから別に隣じゃなくたって良いだろうに。


「気持ちいいですねショータ様」

「あ、ああ」


 あの装置にお湯の色を不透明にする機能でもあれば良かったのにな。下手に下を見ればリーシャの裸体が見えてしまう。体は女性だが中身は男なんだ俺はぁ!


 正直一番ゆったりできたのは背中を流してもらっている時だったかもしれん。後ろにいる限り見えてしまうことは無いからな。


「お、俺は先に出るぞ」


 理性の爆発と精神へのスリップダメージを抑えるためにもう出ようそうしよう。


「はぁ……」


 妖魔と戦う時よりも心臓がドキドキしてやがる。所詮俺は年頃の男なのか。


 布で肌や髪の水分を拭き取り、下着を履く。改めて思うが女性ものの下着を付けるのは抵抗感が凄い。特に下なんて生地が薄いしなんか透けてる気がするし、守られてる感が一切ないんだが。……しかし今後もこの姿で生活するんなら早めに慣れておかないといけないな。


 ああ、どうしてこんなことになっちまったんだ。せめて男の体のままだったらまだ変なことは気にせずにいれたんだがな。いや、その場合はリーシャと間違いがあるかもしれない。ってちょっと待てそこは理性で抑えてくれよ? 生えてたら襲ってましたってそれじゃああまりにも獣すぎるぜ。獣宿しの一族なだけにってな。いかん今の状況に悲観的過ぎて頭がいかれちまってる。一旦落ち着こう。


 ……あぁクソっ俺の胸め! 俺の気持ちも知らずぽよんぽよん揺れやがって、今になってすげえ気になって来たぞおい! これまで落ち着けるタイミングが無かったから意識の外にいたけど、いざ余裕が出てきたら急に意識の中に入って来るじゃねえか!


 どうする……女性の胸を触れる機会なんてそうは無い。だがだからと言って自分の胸を揉むってのは何か倫理的に問題があるんじゃねえのか……!?


「……」


 少しだけ、少しだけなら大丈夫だ。だれも見ちゃいない。


「んっ……」


 柔らけえ……手を包み込むような柔軟性だ……ってメスの声を出すんじゃねえ俺!


「ショータ様……?」

「ひょぇ!?」


 今一番見られたくない人に見られた。クソっなんてタイミングで出てきたんだ……。目の前に自分の胸を揉みながらメスの声を漏らしメスの顔をしている中身が男の存在がいたら……俺だったら軽蔑どころじゃないぞ。


「ち、違うんだ……これは……」

「そ、その……ショータ様がその気でしたら私は別に構わないのですが……」


 ……うん? 何を言っているんだ?


「あまり体に自信はありませんが、私で良ければお相手いたしますので……!」

「ま、待て! そういうわけじゃ……!」


 リーシャはゆっくりと体に巻いていた布を外し……。




「……はっ!?」

「お目覚めになりましたか?」

「ここは……」


 天井には見覚えがある。家の中を見て回った時の記憶が確かならここはベッドルームだ。


「すみません、私のせいでショータ様に迷惑をかけてしまいました……」

「いや、良いんだ。俺だって変なことをしていたわけだしな」


 そうだ。結局は俺が原因なんだ。とりあえず起き上がって服を……。


「あ……」

「……」


 なんでそんな悲しそうな声をするんだ。仕方が無いな。もう少し寝ているか。


 というか頭の下の感触が布とは違うのは……いや、気にしないことにしよう。下手に意識すればまた妙な事になりそうだ。どうやら俺は女性に弱いみたいだからな。まさか妖魔にも魔物にも後れを取らなかった俺が女性に呆気なく負けるとは……。


 いややっぱり気になるぞ。程よい柔らかさがあり温かい。これ絶対膝枕だ。不味い不味い意識したらヤバイって。


「ショータ様の髪ってすごくサラサラですよね。やはりお手入れも大変なのでしょうか」

「いや、特に何も……というかこの体になっていたのも二日前のことなんだ。だから女性としての手入れとかは全然わからなくてな」

「それなら……これから私にお手入れさせてくれませんか?」

「そうしてくれるなら助かる。ぜひよろしく頼むよ」


 このまま放っておいていいものじゃないだろうし、これは願っても無い幸運だな。


 それにしても……ゆっくり優しく髪を撫でられるの、なんか気持ちが良いな。リーシャが俺の事を大事にしてくれているのが伝わって来る。あー……なんかすげえ眠くなってきちまった。このまま眠っちまっても良いかもな……。


 でもそれって同じベッドでリーシャと寝るってことじゃ……ああ駄目だ眠すぎて頭が回らねえー……。




「……朝か」


 昨夜のことはあまり覚えていないが、なんか良くないのはわかる。後ろでリーシャの寝息が聞こえるんだ。結局同じベッドで寝ちまったのか俺……。


「ふぁぁ……おはようございますショータ様ぁ」

「ああ、おはよう……うぉっ!? なんで下着姿なんだ!?」


 リーシャは下着姿だった。いや、それを言うなら俺も下着姿だ。下着姿の男女が同じベッドで一夜を明かす……これ絶対不味いヤツでは?


「んぅー……ふぁ!? す、すみません! 服を着るのを忘れてました!」


 リーシャはベッドから降りてそそくさと部屋の外へと出て行った。良かった恥じらいの感情はあるみたいだ。


 さて、俺も着替えるとするか。着替えると言っても俺の服は魔力で編んでいるから生み出すと言った方が正しいか。獣宿しをすると服が消滅しちまうからな。ただ……何故か男用のもんが作れなくなっているのは厄介だ。これのせいで俺は下着も服も女性用しか着られねえ。スカートとかスースーして落ち着かねえんだよな……。


「ショータ様、朝ごはんの準備が出来ました!」

「少し時間がかかると思ったら朝の準備をしていてくれたのか。ありがとうな」


 昨日買ったワンピースを着たリーシャが部屋へと入って来た。……駄目だ変に意識してしまう。一度下着姿を見てしまうとあの薄いワンピースの下にそれがあるのだと脳が勝手に……ああクソっ! 落ち着け俺!


 はぁ……これは大変な毎日になりそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る