2 野宿じゃねえか!

 街を出た後、リーシャを背負ったまましばらく走った。流石にこれだけ離れればもう追手はやってこないだろう。


「あの、ショータ様? 重くは無いですか……?」


「重いだなんてとんでもねえ。綿みてえに軽いから気にするなって」


 実際、獣宿しの一族は身体能力も凄まじいものを持つ。獣の力を宿すためには強い精神と肉体が必要だからな。ぶっちゃけ肉体的な疲労よりも背中から伝わって来るリーシャの体温とか柔らかさの方が精神的にやべえ。


「……日が暮れてきたな」


「そろそろ夜行性の魔物が活動を始める時間ですね。どこか安全そうな場所を見つけて火を炊かなければ……」


 くそっ野宿じゃねえか! ……というか獣人の扱いがアレってことはもしかして街の中の宿屋とかは使えない感じなのか……? 嘘だろおい……このままずっと野宿生活とか日本人の身にはキツ過ぎるって!!


「その、お恥ずかしながら私は火を起こす方法と言うものがわからなくて……」


「大丈夫、火なら俺が起こせる」


 リーシャを背中から降ろして、二人で燃えそうな木の枝を集めた。


「獣宿し『焔』」


 右腕に炎の力を持つ獣を宿し、集めた木に向かって火炎放射を放った。


「そんなことも出来るなんて、凄いですショータ様!」


「獣の力を使えば色々出来るからな。というか気になってたんだが……なんで様付けなんだ?」


「奴隷として売り払われるだけだった私をショータ様は助けてくださいました。ですので、出来る限りの感謝と尊敬を込めてショータ様と呼ばせていただきます!」


「……そうか」


 まあそう言うもんなんだろう。救ってくれた者に妙な気持ちを覚えてしまうのはおかしいことじゃない。吊り橋効果と言う物もあるからな。それに今までにも何度かアプローチされたこともある。その感情は恋じゃないからって断ったが。はあ、俺も普通の恋とかしてみたいもんだな。獣宿しの一族なせいでどう足掻いたって俺は普通の人間としての恋は出来ねえ定めなんだこんちくしょー!


「ショータ様、私が見張りをしていますので先にお休みください」


 おっと、落ち着け俺。火を炊いているとはいえここは森の中。いつ襲われるかはわからねえんだ。


「いや、俺が見張っているからリーシャが先に休んでくれ」


「良いのですか?」


「ああ」


「それではお言葉に甘えて」


 リーシャは木にもたれかかるようにして寝始めた。すぐに寝息を立てている辺り、思ったよりも図太いのかもしれない。




「……まさかこんなところにいたとはな」


「ったく、なんで俺たちがこんなことしなければならないんだ」


「仕方ねえだろ。破壊された檻は俺たちが捕らえた獣人を入れていたヤツなんだから」


「さっさととっ捕まえて街へ戻ろう。もう眠い」


「そうだな。ただ気になるのは、どうやって街からここまで逃げてきたのか……だ。焚火の灰の量から、馬を使ってここまで来た俺たちよりもさらに速い速度でこの場に辿り着いていたことになる」


「何が言いたいんだ?」


「おかしいとは思わないのか? あの檻は相当な怪力を持つ魔物でさえそう簡単には破壊出来ないものだ。なのにそれをあんな無惨な姿に出来るのはどう考えても獣人の力を凌駕している」


「なんかしらの魔法道具なり使ったんじゃねえの? 持ち物を確認しないままぶち込んじまったわけだし。ほらさっさと行こうぜ。買い取り先が待ってるんだ。二人共結構な高値で売れるんだから逃がすわけには行かねえんだよ」


「あ、ああ……」


「ひゅーやっぱ結構な上玉だぜ。なあ、やっぱりちょっとくらい味見したって構わねえよな?」


「……勝手にしろ」


「ひゃっほう! では早速……」


「そういえばもう一人はどこに……」


「途中で別れたんじゃね?」


「いや、猟犬の鼻に狂いはないはずだ。もう一人もこの場にいるはず」


「なあいい加減にしろよ! 俺はもう我慢できねえよ!! ぐふふ、まずはその柔らかそうな胸から……あ?」


「どうした……?」


「うがあっぁあぁぁぁあ!?」


「なッ!? 一体何が!」


「知るかよぉぉぉ!! うぎぃぃぃ俺の腕がぁぁ!」


「なんかしらの情報が得られるかと思ったが、あまり当てにはならなそうだな」


「くっどこだ! 姿を現わせ!」


「寝ている女の子を襲おうとはけしからん奴だ」


「大人しく捕まってもらうぞ! せえい!!」


「……獣宿し『夜影やえい』」


「消えた!?」


 獣宿し『夜影』は夜間限定で姿を消せる力を持つ。せいぜい見えない敵に怯えながら死ぬが良い。


「ギュベッ」


「そっちか! グホァッ!?」


「いっちょ上がりっと」


 こいつら、さっきの衛兵だな。まさかここまで追って来るとは思わなかったが……話を聞いた限り恐らくまた追手がやって来そうだ。こうなって来ると街から相当離れるか俺たちを追っても無駄だという事を分からせないと駄目かもしれねえな。


 まあひとまず今はこいつらを処理しねえと。体を斬り刻まれた死体をリーシャに見せる訳には行かねえからな。




「おはようございますショータ様」


「おはようリーシャ」


「昨晩は何も無くて良かったですね」


「ああ」


 本当はひと悶着あったんだが、まあ変に不安させるわけにもいかないし黙っておくか。


 焚火の痕跡を消した後、少しでも街から離れるためにリーシャを背負ってまた走り始めた。


「リーシャの故郷ってのはここから遠いのか?」


「はい。というのも私もあの街については話で聞いただけでして。獣人を攫っては奴隷として売り払っていると故郷の村では有名なんです。ですのでここから故郷までは結構な距離が……」


「なるほど。ならちょっと本気出していくか! 獣宿し!!」


「ふぇ!?」


 獣の力を両足に宿し、走る速度を上昇させる。これなら消費は多いもののかなり速く進める。


「は、速い……」


「しっかり掴まってろよ」


 どんどんと速度を増していく。日本じゃこの速さでこれだけ長いこと走れる場所が無かったから結構新鮮だ。


 とまあそんな感じで走っていた時、突然背中の方からお腹の音が聞こえてきた。そう言えば昨日から何も食べていなかったな。


「あ、あの……えっと……」


「お腹が空いたのか?」


「……はい」


「なら、何か食べ物を探してみるか」


 魔力探知を使って生物を探してみるか。……お、小動物っぽい反応があるな。


 速度を落としながらその反応へと近づいて行き、姿を確認した。どうやら反応の正体はウサギ……みたいな何かのようだ。頭にでっけえ角が生えている以上あれをウサギと言うのは無理があるな。


「あれはホーンラビット?」


 一応ウサギなのか。まあいい。食えそうなら焼いて食ってみよう。


 リーシャを降ろして、ホーンラビットなる生物に向かって跳躍した。そして獣を宿した腕で一撃を食らわせてやった。


「ンギェェェ」


 断末魔を上げながら絶命した。よし、新鮮なうちに捌いて焼こう。


「ホーンラビットの角は素材として売れるから持っていきましょう」


「そうなのか。なら……」


 角を切り外し、ポケットに入れておいた。こうなってくると持ち運び用の袋か何かが欲しい所だな。


「よし、良い感じに焼けたな」


 野生生物は寄生虫とかやべえだろうし、火はしっかり通さないとな。


「ほら、リーシャの分だ」


「あ、ありがとうございます。それでは……」


 お腹が空いていたからか、リーシャは結構おいしそうに食べ始めた。そんなに美味しいのなら俺も早速……おお、少し野性味と言うか獣臭さがあるが味自体は悪くねえ。むしろ美味い!


 腹を膨らませた後、またリーシャの故郷へ向かって走り始めた。と言ってももうだいぶ進んできたから、村を通り過ぎないように獣宿しの力は抑えておく。


「この方角であってるか?」


「はい。森を抜けたらもうすぐそこのはずです」


 そろそろ森を出るな。……リーシャを送り届けたら俺はどうしようか。獣人の扱いが他の街でも共通だとしたら俺はもう行き場所が……いや、そうなったらその時考えよう。まずはリーシャを無事に送り届けないとな。


「よし、森を出るぞ」


「はい! ……え?」


 森を抜けた先に見えてきたのは、炎に包まれた村だった。

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