お疲れ上司はハッピーウェディングの夢を見るか?

純丘騎津平

本編


    一

 

「では改めて――初めまして、島田くん。私は平塚康介、こっちは妻の広美、でこっちは娘の――あいや、めぐみのことは知ってるか」


 康介さんは照れたように後頭部をかいた。食卓に朗らかな空気が漂う。


 この時、僕たちは駅前のファミレスに集まっていた。


 本来なら「ご両親への挨拶」は相手の実家に出向くのが礼儀だ。しかし今回は、平塚主任のご両親が郷里から訪ねて来たこと、またお互いに気を使わない場所で話したいということから、カジュアルな飲食店で食事会を開くことになった。


「ハハハ……でも、少し驚きました。主任がスマートで高身長なのは知ってましたけど、ご家族様もみなさんスタイルがいいんですね」


 と言う僕の横腹を、主任がひじで突いた。


「もう、雄二くん! プライベートでは名前で呼ぶようにって言ってるでしょ」


 主任は僕だけに分かるよう、目をきっと細めた。




 僕は平塚主任と婚約している。少なくとも、僕と主任のあいだではそういう取り決めになっている。


 ところがそれは今日一日だけの話だった。早い話、僕は婚約者のフリをしているのだ。これは主任――平塚めぐみさんたっての希望だった。


 主任は僕の勤め先の上司で、今年二十八歳になる。僕より三つ年上だ。


 どこの家でもそうだが、娘が未婚のままそういう歳になると親がうるさくなってくる。やれ「結婚はまだか」だの「孫の顔が見たい」だの、挙句の果てには知らないうちにお見合いの日程が決まっていたりする。


 主任はその“おせっかい攻撃”にすっかりまいっていた。そこで僕の登場となった。両親に婚約者を紹介することで、当分のあいだ大人しくしていてもらおう、と考えたのだ。


 そういうわけで僕は今日この日、今夜初めて会ったばかりのご両親を含め、四人一組の夕食会に参加していた。


    ×


 結末から言えば、この食事会は僕にとって思わぬ息抜きになった。


 始まる前は人を騙す罪悪感と緊張とで気が重たくて仕方がなかったのだが、実際の食卓は終始和やかで、気を張るような心地はまったくしなかった。まあ、気楽だったのは本当に婚約しているわけではないからかもしれないが。


 ただ、「こんなに優しい人たちを僕は欺いているのか」と、度々胸は痛んだ。


 メインの食事が済むと次にデザート、次に食後のドリンクと進んで、甘くほろ苦い晩餐は無事、幕を閉じた。あっという間の二時間だった。


 別れ際、広美さんがお土産を渡してくれた。見たことのないパッケージだったが、どうやら主任の地元の銘菓らしい。何も用意していなかった自分が恥ずかしかった。


「若いのにそんなに気を使ってちゃダメよ」


 と広美さんは上品に笑って言った。そのすぐ隣で、康介さんはただ静かに微笑んでいた。


――素敵なご家族だな。


 僕は心からそう思った。と同時に、田舎の父母のことを思い出した。今ごろ元気でやっているだろうか? 今度、連絡しなくちゃな。


 そしてまた同時に、(今回のご挨拶、『嘘から出た真』なんてことにならないかなあ)などと、僕は不埒なことを考えるのであった。


    二


 今夜の食事会は思った以上にうまくいった。


 島田くんが上手に話を合わせてくれたおかげで、父さんも母さんも終始上機嫌だった。騙したのは心苦しいが、ともあれこれで当分はお見合い話を押し付けられることはないだろう。


 帰宅後、寝支度を整え、ベッドに倒れこみながら私は思った。きっと今夜は気持ちよく寝付けるに違いない。


 ところが、うとうとしかけたところにスマホが鳴りはじめた。こんな夜中に誰だ、と画面を見ると「母」の文字。


「遅い時間にゴメンなあ」


 というのが母の第一声だった。


「今日のことで言わなアカンことがあってな……アンタ、あれ本物のカレシじゃないやろ」


「え! バレてたの!?」言ってから(しまった)と気づく。


「当たり前や。アンタが嘘ついたらすぐ分かるわ……いや別に、怒ろ思って電話したんちゃうで。ただ今日の子、偽物の“ふいあんせ”にしてはええ子やったな、と思てな」


「そ、そうかな」


 どういうわけか、私は少し心が弾むのを感じた。


「うん。まあ私かてこの歳やからな、人を見る目はしっかりしてるつもりや。その私が見るところでは、あの子は、『自分の大切な人が大切にしてる人を、ちゃんと大切にできる』子やと思う。


 いやいやそんなん当たり前やん、て思うかもしれんけどな、イマドキ珍しいでそんな素直な子は……いや無理もないわ。今はみんな自分のことだけで精一杯やもんな……せやから、島田くんやっけ? あの子やったら私もお父さんも大賛成や。家族になって一緒に暮らすんならな、気持ちの優しい人が一番やで」


「お母さん……」


「ま、でもホンマは付き合うてへんのやろ? 残念やわあ…………まあでも、これが縁になるっちゅうこともあるかもしれんしな。よう言うやろ? 嘘つきはドロボウの始まり――すなわち、ハートドロボウっちゅうこっちゃな!」


「やかましわっ」

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