14話
「「おつかれー!!」」
キヨとしーちゃんはお揃いの錫のぐい呑みを目の高さまでの掲げ、一口だけ含みゆっくりと味わう。
あの食堂事件の後、詩音はこの時間の為に愛想笑いを顔に貼り付け、風紀委員長である冷水の祖父が孫を心配するような心配垂れ流しの扱いを耐えた。
「鯖の塩焼き」の小骨を天下の風紀委員長が詩音の為に真剣とり始めた時は同テーブルに着席していた翼の顔色が土気色に変わっていた。
因みに遙はあの後生徒会役員に拉致の様に連れ去られ、放課後まで教室に帰ってこなかった。
やっと帰ってきた時には頬を腫らし、鳩尾を押さえながら足を引き摺っていたがクラスメイトは厄介事の予感を察知し見ない振りをした。
詩音は罪悪感で保健室まで案内をし、そのまま帰ってきた。
「はぁー、この酒やっぱり旨い!」
「しーちゃんこの酒好きだよね……。俺はもう少し甘口のが好きかな……」
「これが良いんだよっ!今日の鯛やサワラの刺し身とも合うしな!今日は飲み明かす!」
「そんなに……、大変だったの?あの後……」
喉を冷たいキレのある辛さがすぎると身体中に染み渡る吟醸酒の美味しさと華やかな香りに顔が綻ばせ喜びの声を漏らすしーちゃん。
そして刺し身を塩を付けて大口で頬張るように食べるしーちゃんを見ながらキヨは恐る恐る尋ねる。
「ん、あの後な――」
食堂での出来事を簡潔に話すしーちゃん。
聞いているうちにキヨの顔色が真っ青になったが、黒瀬のスマホの話をした頃には腹を抱えて笑い出した。
「あははっ!ひぃっ!まさかあのチン毛が踏むとはっ!」
「神は居ないと思ったら、まさかのまさかでいたな!」
「いやー、でも副風紀委員長が『クロ』で、風紀委員長と翼も族関係かぁ。世間は狭いねぇ……」
「はぁ……、そうだな。生徒会の奴等と風紀の奴等は別のチームぽかったな。『緋鬼』は生徒会の奴等のチームって風紀委員長は言ってたぞ。」
「昔と逆だねぇ、『クロ』と『緋鬼』はニコイチなのにー!」
「あれは、お前が勝手に付いてきていただけだろ……」
ニヤニヤしながら再びぐい呑みを傾けるキヨ。
しーちゃんはモグモグと鯛の刺し身を食べ、ぐい呑みを傾けながら、今日の食堂で黒瀬が詩音だけに向けた怯えた表情に引っ掛かりを覚え……。
ぽつりと心の中の疑問を漏らすようにキヨに問い掛けた。
「なぁ、お前の知り合いで『トラ』っているか?」
「んー?い……ないかな?」
「そうだよな……」
錫のぐい呑みをゆらゆらさせ澄んだ色をした酒の液面に物憂げに視線を落とすしーちゃん。
そんな様子のしーちゃんをキヨはひたりと静かにじっと見据える。
「ねぇ、しーちゃん。お酒のおかわりいる?」
キヨが何かを含んだ笑顔でしーちゃんお気に入りのガラスの徳利を構えながら2杯目を勧めた。
「だからぁ!黒瀬が『トラ』って呼べって言ったの!でもあいつは『クロ』なんだろ?!
しかも、俺だけに泣きそうな顔で『クロ』って呼ばれているのは周りから言われているだけだって言うしさ!!わけわかんねー!!」
「うーん、それは……、わかんないねー」
「だろっ?!だから『トラ』って知り合いいたかなー?と思ってお前に聞いた……。
お前なら、俺の友達関係全て把握してるし記憶力良いからさー!!」
「それでかぁ。でも、しーちゃんは覚えていないんだから、それまでの知り合いってことなんじゃないかな?」
「そんなもんか?」
「そうだよー!ほら!まだお刺身も残ってるし、お酒も飲んでよー!」
酔いがまわり口が滑らかになったしーちゃんを愛おしげに見つめながら、キヨは徳利に残ったお酒を全てしーちゃんのぐい呑みに注ぎ切り目を細めた。
「おやすみ……、しぐれ」
目の前で酔いつぶれ机に突っ伏し小さな寝息をたてるしーちゃんへ、キヨは耳に唇を寄せしたたるような慈愛のこもった声で囁いた。
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