第四十八話 月光
「あの絵は、中世ヨーロッパに描かれたと思われるものだ。絵の裏側には、作者の言葉も残されていてね。明日魔女として火刑に処されるから、その怒りを絵に表したと。だから、あの絵を見た人は、作者と同じ痛みを味わうことになる。すなわち、突然体が燃え始めるんだ」
人体発火現象だね。
「消せないんですか?」
「消せない。あれは、人知を超えたオカルトだ。水や消火器で消せるなら、苦労しないよ。ひとたび火に包まれれば、死ぬまで燃え続ける。まさしく恨みの炎だね」
「……」
わかってはいたのだが、一発目がこれなのはいかがなものか。
クソ重すぎたな。
「では、002の紹介に行こう!」
こっちはまだ楽しめるぞ!
部屋の大きさは、先程と同じ。
というか、廊下にズラリと並んだほとんどの部屋の大きさはどこも変わらない。
ただ、ここはさっきと違い、ガラス窓が大きく、中の様子がはっきり見える。
「ここにいるのは……」
「オオカミですわ!」
「そうだ」
動物園に行きたがっていた有栖は、すごく楽しそうだ。
盛り上がってくれてよかった。
「ただし、普通のオオカミじゃないぞ」
「なにが違うんですの?」
「今回は特別に、許可が下りたのでやってみよう」
「……?」
僕は、あらかじめ待機してくれていた担当の研究員に合図を出す。
すると、部屋が暗くなった。
「見えなくなっちゃたよー!」
「あら?」
柔らかな光が天井から差し込んできた。
太陽ほど明るくはないが、しっとりとオオカミの毛並みを照らし始める。
そして、変化が訪れる。
「オオカミが、立ち上がって……まさか、オオカミ人間ですの!?」
「まあ……そうだが、どっちかというと、人間オオカミだな」
本当の姿はオオカミの方だ。
だから、言葉も話せない。
「普段はオオカミの姿で生活しているが、満月の光を浴びると、人間の姿になるんだ」
満月の光の定義は、そこの研究員にでも聞いてくれ。
僕は聞いてもわからなかった。
光量が関わっているらしい。
「うううううう……!!!」
立ち上がって、こっちを睨んでいるもふもふの大男。
牙を見せているし、襲う気らしい。
「あの、そろそろ止めてもらっても……」
早く狼に戻さないと、暴れ出して収拾がつかなくなる。
なのに、頭上の月光ライトは依然として付けっぱなしだ。
「それが、最近使ってなかったので故障してしまって、戻らなくなったんです……!」
「ええ!?」
「がうううう!!!」
いくら強化ガラスとはいえ、何度も攻撃されれば破れてしまう。
絶体絶命のピーンチ!!
「あううう!!!」
「が……う……」
あれ?
急におとなしくなった。
まだ月の光に照らされているのに、オオカミに戻っちゃったぞ?
てか今、オオカミじゃない唸り声がしたよな。
「オーくん、すごーい!!」
「やるじゃねぇか!」
「オーくん?」
聞き覚えのない名前だ。
「オメガだと呼びにくいので、オーくんって呼ぼうって決めたんです」
「なるほど」
オーくんな……。
親しみやすくていいね。
少々単純なネーミングだが。
「で、そのオーくんが唸っただけであの人間オオカミが子犬みたいにおびえちまってるんだな……」
さすが野生を生き抜いてきただけある。
オオカミごとき、造作もないのだろう。
「そ、れじゃあ……先に行こうか」
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