第四十二話 拮抗
「見えた! 砂浜だ!」
やっとのことで海岸までたどり着いた。
あれ以降は襲撃もないし、このまま早く帰りたい。
調査は途中だが、あの研究所を見つけただけでも十分な成果だろう。
「お前ら、早く準備するぞ!」
隊員の人達は、船に乗り込み出航の準備をする。
碇を上げ、エンジンがかかる。
なんとか島から出れそうだ。
「よし、もう行けるぞ!」
「それじゃあ、出……」
「待って! 忘れ物!!」
太一くんはそう言い残し、船から飛び降りた。
「な、なにをだい!?」
「蟹ー!」
あ、そうだった。
すっかり存在を忘れていた。
「でも今じゃなくてよくない!?」
研究者としては、放っておけない気持ちはわかるが(もっとも彼は研究ではなく食欲で動いてる)、どこにあいつが潜んでいるかわからないのに動くのは危険すぎる。
「あったあったー! これこ……れ!?」
蟹のハサミを掲げた瞬間、近くの砂が盛り上がる。
砂中からなにかが出てきた。
「あうー!!!」
まずい、またあいつだ。
先回りしてたんだ。
「こ、これは俺のもんだぞ! 蟹鍋にするんだ!!」
……。
「そうじゃないだろ!?(二回目)」
まったく、彼の食い意地は半端ないな。
この期に及んでまだ食べ物のことを考えているらしい。
まあ、焦ってパニックになるよりかはまし……か?
「うあう!!!」
遠慮なしの強烈な右ストレートが飛んでくる。
空気を裂く鋭い音さえ聞こえた。
「こっの!!」
太一くんも同じく拳を振るう。
ガッ!
拳と拳のぶつかり合う音が鳴った。
お互いに拳を突きつけたまま、両者はそこから一歩も動かずに固まった。
拮抗しているらしい。
「……待て」
そんなわけあるか。
太一くんは、触覚がない。
そして、痛覚もないことはもうわかっている。
そんな彼だからこそ、人間の限界を超えた攻撃ができるんだ。
それなのに、なぜあいつは。
「受け止め切れているんだ!?」
今まで何度となく怪物を殴る彼を見てきたが、身長の数倍もあろうデカいやつでさえまともにくらえばよろめいていた。
だが、今戦っているあいつは微動だにしていない。
化物よりも、化物染みている……。
「隊長! あいつを止めるなにかを!!」
今、太一くんが動きを止めている間になんとかしなきゃ!
「了解だ! このままじゃ、置き去りになっちまうからな!」
こんな怪物島に置き去りになんてできるもんか。
……案外彼なら生き残りそうだが。
なんて考えていたら、隊長がスナイパーライフルのようなものを持ってきた。
「これ、本当は人に打っていいレベルの麻酔じゃないんだが……」
「緊急事態です。それに、あいつはもはや人の道を外れてます」
「そうだな……。よし、狙撃準備!」
隊長は、揺れる船の上で銃を構える。
狙いが逸れないといいんだが。
「太一くん、そのまま彼を抑えていてくれ!!」
「わ……かった……!!」
そろそろ限界みたいだ。
腕が震えている。
「今だ!」
隊長はついに引き金を引いた。
ダーツの矢のように派手な麻酔針はまっすぐに飛んでいく。
「うう!!」
またしても、こちらの気配を感じ取ったらしい。
にらみ合いをしていたそいつは、後ろに飛びのく。
「待て!」
しかし、とっさに太一くんが腕を掴んで引き寄せた。
「うあ!?」
そのおかげで、見事に麻酔針はお腹に命中した。
怪物用だったから、即座にその場に倒れてしまう。
「よかった……」
なんとか犠牲は出ずに済んだ。
これでやっとこの島から脱出できる。
「太一くん、かえ……って待て! そいつを連れてくるな!!」
驚いたことに、彼は蟹と一緒に眠っているやつまで引きずってきている。
そんな危険なやつまで連れていけない。
「ええ! なんてこと言うんだよ!! 困っている人を見たら助けるのがヒーローだろ!」
「そう……だが……」
この期に及んで、いまだにそいつを人と呼ぶのか。
下手したら、いや絶対に怪物よりヤバいんだぞ、そいつは。
「……」
だが、まだ知らないこともある。
確かめたいことも。
研究のためにも、連れて帰るのが妥当か。
「ほら……早く乗って。彼も」
どうか、船の中では起きないでくれよ。
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