MISSION12:未確認巨大構造体調査任務(1)


「もしかしてなんだけど、相棒バディ?」



 グロッソから降りた瞬間、アイリスが妙に深刻そうな顔で話しかけてくる。


 つい先日まで彼女自身であったデータストレージは、ディサイドではなくアイリスの首元に下がっていて。その声はストレージ備え付けのスピーカーではなく、彼女の生身から発せられている。



「生身でAMを乗り回すのは、とても疲れる行為なのでは?」


「……その発想は、なかったなぁ」



 つまるところ、これまで肉体を持っていなかったアイリスは。生まれて初めて実際に呼吸をして、体力を消費すれば疲れるという感覚を味わっているのだ。


 むろんデータストレージ上で思考し、行動を行えば疲労は蓄積する。正確には意識が思考によって変化しすぎて、主観クオリアを保てなくなるということらしい。


 だが、それはつまるところ精神的な疲労であって。こんな風に肉体の限界から生まれる疲労とはまた別のものなのだろう。



「まぁ、体格的には貴方には劣るというのもあるかもしれません」



 実際、すこし疲労の色が見えるアイリスと比べて。ディサイド自身にはまだ余裕がある。これまで生身で生きてきた時間の差、あるいは生身でオリンポス杯を駆け抜けた経験。あるいはシンプルに――



「じゃあ、男性型の体がよかったか? アイリス」


 

 単純なスペックを考えるなら、男性型の肉体のほうが女性よりも体力の面で優れている。むろん、ゲッカ・シュラークのは転生機リーンカネーターに残されていた生体フィラメントの容量の問題もあった。


 それでも幼い少年として体を成型して成長を待つなり、足りない肉をクロームで補う手段だってあった。


 地上高10m、ちょうどグロッソの胸にある操縦席、そこに横付けされている高所稼働足場ハイモビリティステップの上で、少しだけアイリスは少し考え込み。



「それは、何か嫌です」


「何か、嫌かぁ」


「はい、生身の体はありませんでしたが……」



 地上高10mの高所稼働足場ハイモビリティステップの上で、彼女は青い髪のポニーテールを揺らしながら、いつもより少しだけ、モニターごしよりも柔らかく。



「それでも私が、ネットワーク上で得ていた姿を元にしていますので」

 


 たぶん、これまでの小さなモニター越しではわからない程度には、ほんの微かに、けれど確実にほほ笑んだ。


 多少の問題があってもこれがいい、いや今の姿と体が良いと。そう思っているのが伝わってくる。



「だよな、俺だって自分の体がいきなり女になったら困る」


「困るのですか?」


「だなぁ、生まれてから18年。ずっと男だったし」



 むろん、生きている間に体の性別を変える人間も少なくはない。けれど一度こうだと決めたら、そのほとんどが姿形を変えないのも事実で。生身の肉体は劣化や老化してしまうが、それすらCASHを支払えれば補える。


 それはそれとして、ディサイドはもう少し肉体的に年齢を重ねたいと思っている。モカ・マーフの背丈を考えればもう数センチ背が伸びる可能性はあるし、今の若々しさよりも、もう少しだけ大人びた風貌になりたいなんて憧れもある。


 それよりなにより、この前買った黒い耐環コートが今のままでは似合わない。


 あと5年位は年を重ねなければ、文字通り子供の背伸びにしか見えないことは十分に理解している。


 その上で、シンプルな機能性と、たぶん少しだけ父親へのあこがれというやつが。似合う、似合わないという理性を越えてしまったのだから仕方がない。



「……そういえば」


「なんだ、アイリス」


「プライベートなことになるのですけれど――」



 高所稼働足場ハイモビリティステップは、ギリギリ2人並んで通れない。AMというものは本質的に1人乗りのマシーンで。ディサイド達のような2人乗りは想定されていない。そもそもディサイド達ですら、アイリスの体はないことが前提で。


 だから、1人用の通路を2人で歩くと。どうにも距離が近くなって。少しだけディサイドの心拍数が少しだけ早くなる。


 むろん、安全性には問題はない。300kgを超える重サイボーグがAMを駆ることもあるし。数百kgのパーツが整備のために高所稼働足場ハイモビリティステップを通ることもあるのだから。



「ディサイドのお母さんって、どういう人だったんですか?」


「……あー、そうか。調べれば分かるのか」



 そう問われて初めてディサイドは、自分がどんな形を望み、どんなふうに代わっていくのかばかりを考えて。自分がどんなふうに生まれたのかのかをあまり気にしていなかったことに気が付いた。


 一応、育ての父親であるモカ・マーフとの血縁関係は証明されているが。彼が誰と結婚して自分を生んだのかわからない。あるいは人工子宮を使ったのか。


 なんなら、モカ・マーフとは遺伝子的なつながりがあると証明されただけで。


 場合によっては、ディサイド自身はモカ・マーフと同じ遺伝子を持った別のホモ・サピエンスの子供である可能性すら否定はできないのだから。



「まぁ、知らないけど。どうでもいいかなって」


「父親よりも、興味がないんですね」


「見たことも、聞いたこともないからな」



 自分の母親が確実に存在するなんてセンシティブな考え方は、幻想にすぎない。そもそもちゃんと主観クオリアを持って、自分を育ててくれた父親が存在しているだけ。ディサイドは恵まれている。


 そんなことを考えていると、ふと視界の端に見覚えのある人影が飛び込んで来る。



「随分といちゃついているようだな、ディサイド」


「その声は、ニアド…… さん?」


 

 高所稼働足場ハイモビリティステップの先、壁面を這うように巡る通路の方で見たことのある人が、見たことのない顔をしながらひらひらと手を振っていた。



「まぁ、見事に撃ち抜かれちまったからな」



 ディサイドより一回り大きな体、彼の愛機であるオーガヘッドよりも均整の取れたフル・ヘラクレスのような肉体はそのままに。


 ただ顎だけが今までと違うクロームの輝きを放っている。


 ディサイドと出会った時から、ずっと生身ウェット風の体だったからこそ。こうやってその姿にクロームが混じっている事実に動揺してしまう。



生身ウェットで再生しなかったのですか?」


「おう、自己紹介より先に。随分と攻めてくるなぁ。お嬢ちゃん」


 ニアドはこれまでのアキダリア地区で顔が利く、登録傭兵マーセナリーズであるという雰囲気を脱ぎ捨て。新人ではなく自分を倒した同格の登録傭兵マーセナリーズ同士の、前よりもフランクに、気安い笑みを向ける。



「……相棒のアイリスだ、たぶん予測はついてるんだろうけど」



 つい先日、文字通り命がけで戦ったとは思えない程に。いや登録傭兵マーセナリーズを長年続けていれば。同じ任務ミッションをこなした相手と戦うことも。その逆だって何度も経験してしまうのだろうか?



「これまで首元のストレージに入っていたが、この前の依頼報酬でボディを得たと」


「実際のところ、運良く譲ってもらっただけで。依頼報酬的には赤字だけど」


「……マジで、マジで1CASHであの依頼受けたのかよ」



 ニアド・ラックは天井を仰ぐ。こうして顎から喉の部分をまじまじと見つめれば。そのクロームはファッションではなくかなり本気で首周りに仕込んでいるのが見て取れる。



「一応、非殺傷で撃ち込んだんだけどなぁ」



 しばらく酒が飲めない程度の後遺症が出るだろうと撃ち込みはしたが、生身を取り換えるほどひどいダメージは与えない程度の威力は出さなかったはずなのだ。



「だから、同じことをされても倒れないように強化したんだ。ついでに――」


「ついでに?」


「レーザーの類も仕込もうとしたんだが、生身の舌と二者択一だったから諦めた」



 どうやら、ディサイドが考えているよりも。シリアスな理由でクロームを入れたわけではないらしい。かなり残念そうな様子を見る限り、半分以上趣味で入れ替えたのが伺える。



「まぁ、それはそれとしてだ。赤字ってなら仕事が欲しいだろ?」


「そりゃ、話次第って感じだけどさ」



 自分を戦場で負かした相手に依頼を紹介するなんて、何か裏があるのではないだろうか? 騙して悪いがなんてことをやるような登録傭兵マーセナリーズには見えないが、だからこそ今ここでディサイド達を嵌めるという考え方もできる。


 嘘が一番強くなるのは、信頼できる人間が口にした時なのだから。



「わかるぜ、裏があるんじゃないかって思ってるんだろう?」


「はい、貴方は信頼できる登録傭兵マーセナリーズですが……」


「俺を倒すくらいの腕前がないと、危なくて頼めないタイプの依頼でな」



 いつの間にか、ニアド・ラックの後ろに背広ビジネススーツを着た男が立っていた。


 普段見慣れたパイロットスーツやアーマージャケットではなく、まるで千年前の動画から出てきたような黒い生地の背広スーツは、傭兵組合マーセナリーズシップアキダリア支部ではかなり目立つ。


 何より7対3に左右で別れた黒髪も違和感が凄い、髪色なんて原色なら地味。場合によっては256色でゲーミングしている人間も多い中で。むしろその愚直なまでに原理的な黒髪信仰は妙な圧力すら感じてしまう。



「騙して悪いがって奴じゃなく、正直悪いが…… って事になる」


「はい、登録番号No.0874、ディサイドさん。初めまして」



 すっと間合いを詰めて、さっと懐から何かを取り出しディサイドに差し出す。


 あまりにもなめらかで、殺意のない動きはもしそれが凶器の類であれば、間違いなくこちらの命が奪われていただろう。そう思えるほどに、極まった動作で背広スーツの男は1枚の紙片を差し出してきた。



「えぇっと、マグガイン社特殊戦略部、交渉担当官……」


「はい、この名刺の通り。フィクサー75と呼んでいただければ幸いです」



 マグガイン社、これまであまり取引をしたことはない。


 いや、それどころかマグガイン社のチームをオリンポス杯でぶっちぎり、つい先日の戦いでニアド・ラックを含む、マグガイン系列の登録傭兵マーセナリーズをなぎ倒したばかりであり。いい印象を持たれているとは思えない。



「警戒されるのは分かりますが、我々は貴方を正しく評価しています」



 しかし、この名刺と呼ばれた紙はどうすればいいのだろうか。いつのタイミングで懐にしまえばいいのかわからない。


 まぁユニティの登録番号を示されるよりはこちらとしても処理に困らないし。データではなく、わざわざ高級な紙でアドレスを示すというのは古典的な礼儀作法に従っており。なんとなく信頼出来そうな気配は感じる。



「ライテック社とコネがあり、多数のオークを撃破した実力者。そして――」



 フィクサー75と名乗った男は、サングラスの向こうから真剣な目で。



「我々が今抱える問題に、一番適任だとニアド氏が紹介してくれた登録傭兵マーセナリーズです」



 ニアド・ラックを信頼した声で、そう断言したのだった。



◇◇◇ Mercenaries don't choose jobs ◇◇◇

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