はじめて言葉をはなした青年

藤本夏実

長く遠い昔のお話


 長く遠い昔のお話


あるところにおじいさんがいました。


ひとりだけポツリと立っていました。



あるところに青年がいました。


この青年も


ポツリとひとりだけでした。





 言葉はまだない頃のお話です。


青年もおじいさんも 


お互いを知りませんでした。


青年のいた場所はある丘の上でした。



ふと青年は思いました。


『この山の向こうにも僕と同じ人が


いるかもしれないなあってみたいな。


よし山に向かって叫んでみよう。』





「ヤァァァッホー。」


その声を聞いたおじいさんは


思いました。



『おや私より若者がいるのかな。


 あってみたいな。』


おじいさんは声のする方へ


歩き出しました。





おじいさんと青年は


丘の上で遇いました。


そうすると青年は目配せをし


もう一度声を出しました。


「ヤッホー。」



すると天から


小さな珠のような子供が


青年の手の中に落ちて来ました。





青年は言いました。


「これは小玉か?」


おじいさんは言いました。



「馬鹿かこれは子供だ。こだまはおま


えが叫んだ言葉だ」


二人はおもわず


洩れた言葉に笑いだしました。





すると


二人はお互いの仲から出てくる言葉を


確認しお互いを知ることができました。



そうして


おじいさんと青年の生活が始まりました。




 

 おじいさんと青年の生活はとても変わっ


ていました。なにせ、おじいさんも青年も


本当は言葉の意味を知りませんでした。



 只、自分の口から漏れる言葉をお互いに


言い合うのですが自分の中にあるときは分


かっていることが自分から漏れると意味が


分からなくなっていました。





 そんなときは、こだまのこどもが役に立


つのでした。



 なぜなら、こだまのこどもを膝の上に乗


せて話すときは意味がチャンと理解できる


のです。





 だから言葉を覚える前の二人は、ひとり


がこだまのこどもを膝に乗せ話をし、その


後でもうひとりも膝に乗せて話をするとい


うかわりばんこにこどもを使って話をして


いました。



 そうすると、どちらかが間違いを指摘で


きるので言葉を正しく覚えることができた


のです。初めて言葉をはなし始めた人々に


とって言葉の音と意味の理解はとても大事


なことでした。






 言葉は同じ人種しか通じないものとなっ


たのは、おじいさんと青年は目の色も毛の


色も同じだったためでした。



 今でも同じ目や毛の色を持つもの同士は


通じやすく違う色のもの同士は通じにくい


のが一般的なのです。





 こんな風にして、三人の生活が過ぎてい


きました。



 おじいさんと青年とこどもの生活はとて


も楽しいものでした。ある日のことです。






 おじいさんは青年に言いました。



「この子に名前をつけないかい?この子が


傍にいないときに名前があれば《名前を覚


えていれば》自分で確認ができるから。」





「そうだな。それはいい。」


「何がいいかな。」



「《てん》は、どうかな?」


「いいんじゃないかな。」


そういうわけで、こどもには《典》と名付


けることにしました。





 三人は、初めて遇った丘から少し、離れ


た場所にあった洞穴で暮らしていました


が、あの丘には暫く行っていませんでし


た。



 青年が何か思い付いたように言いまし


た。


「小川を探してくるよ。水があれば又違う


生活がおくれるだろうから。」


そういうと、小川をさがしに出掛けまし


た。





小川はすぐに見つかりましたが、その帰り


の道すがらの出来事です。



あの丘が見える場所にかかるとそこに自分


達と同じようにこどもと男女のカップルが


三人で、立っていました。





 青年は声をかけました。


「君たちは僕と同じような仲間なのか


い?」


「仲間?違うね。私達は家族さ。」



「私は《まっつあん》と呼ばれていてこい


つは《およね》こどもは《おはな》さ。」





 すると、青年は自分は名前を忘れている


ことに気づきました。


そこで青年はまっつあんに聞きました。



「僕らみたいな仲間の総称をなんて呼ぶん


だい。」


「人や人間っていうんだ。ヘブライ語で


はアダムっていうよ。」





 青年は自分で自分のことをアダムと名付


けることにしました。洞穴に帰ってくる


と、おじいさんは木の芽を炒めて夕食を


作っていました。



 そこで青年はあの丘でもうひとつの家族


にあったことを話すと自分はこれから《ア


ダム》と名乗ることにしたと話しました。





 するとおじいさんは忘れていたが自分は


《ヤーマン》というといいました。



三人は今までよりも、余計に仲好くなり


ました。なぜなら、自分達には血のつなが


りがないことに、気がついたからでした。





 感情や血縁でつながるだけじゃなく理性


でつながった家庭もあるとそんなことが、


この社会で生きていく中でとても大事なこ


となんじゃないかと考えたからでした。



青年アダムがまっつあんと会ってか


ら、数日のうちに、又何組かの家庭と知り


合いになり、ここまで来るうちに色々なこ


とが合ったとお互いに話すようになりまし


た。





 その何組かうち《典》のように、こども


が天からふってきたのはアダムだけでし


た。アダムには考えがありました。



《典を育てよう。そして成長した典と夫婦


になろう》アダムは典を育て典が大人に


なると名前を変えました。その名前は《イ


ブ》といいました。

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はじめて言葉をはなした青年 藤本夏実 @natumikyoko

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